2004年の主な地震活動の評価
各地震活動の評価は、発生後、1年程度の間に公表された評価内容をとりまとめたものです。(これまでの地震活動の評価の閲覧へ)
A | 2004年5月30日 房総半島南東沖(プレートの三重会合点付近)の地震活動 | M6.7 | 津波を観測 | |
B | 2004年8月10日 岩手県沖の地震活動 | M5.8 | 最大震度5弱 | |
C | 2004年9月5日 紀伊半島南東沖(東海道沖)の地震活動 | M7.4 | 最大震度5弱 | 津波を観測 |
D | 2004年10月6日 茨城県南部の地震活動 | M5.7 | 最大震度5弱 | |
E | 2004年10月15日 与那国島近海の地震活動 | M6.6 | 最大震度5弱 | |
F | 2004年10月23日 新潟県中越地方の地震活動(平成16年新潟県中越地震) | M6.8 | 最大震度7 | |
G | 2004年11月29日 釧路沖の地震活動 | M7.1 | 最大震度5強 | 津波を観測 |
H | 2004年12月14日 留萌支庁南部の地震活動 | M6.1 | 最大震度5強 |
5月30日に房総半島南東沖(プレートの三重会合点付近)でM6.7の地震が発生し、伊豆諸島の三宅島、大島、八丈島等で10cm未満の高さの津波を観測した。発震機構は東西方向に圧力軸を持つ逆断層型である。最大の余震は、6月9日のM5.6の地震である。
8月10日に岩手県沖の深さ約 50kmでM5.8の地震が発生し、岩手県で最大震度5弱を観測した。発震機構は東西方向に圧力軸を持つ逆断層型で、太平洋プレートと陸のプレートの境界で発生した地震である。
○ 9月5日23時57分頃、紀伊半島南東沖(東海道沖)でM7.4の地震が発生した。この地震により、三重県、奈良県、和歌山県で最大震度5弱を観測し、串本で0.9mなど伊豆諸島から四国にかけての太平洋沿岸で津波を観測した。この約5時間前には、紀伊半島南東沖(紀伊半島沖)でM 6.9の前震が発生し、奈良県と和歌山県で最大震度5弱を観測した。この地震により、神津島で0.6mなど伊豆諸島から四国にかけての太平洋沿岸で津波を観測した。地震の発生状況から、地震活動はM7.4の地震を本震とする前震-本震-余震型と考えられる。最大の余震は9月8日23時58分頃のM6.5の地震で、本震の東側で発生した。これらの地震は紀伊半島南東沖の南海トラフ付近の概ね80km四方に分布しており、大局的にはトラフに沿う方向と本震付近でトラフとほぼ直交する北西-南東方向にそれぞれ分布がみられる。前震、本震、および最大余震はトラフに沿う方向の余震域内に位置しており、発震機構はいずれも南北方向に圧力軸をもつ逆断層型である。また、推定される断層面が陸のプレートとフィリピン海プレートの境界面に比べて高角であることから、これらはフィリピン海プレート内の地震と考えられる。一方、北西-南東方向の余震域内ではM6.0以上の地震は発生しておらず、発震機構も横ずれ断層型を示している。
○ GPS観測の結果によると、今回の活動に伴い、東北地方南部から四国地方にかけての広い範囲で変動が観測されており、志摩観測点が約6cm南へ移動するなど三重県から静岡県中部にかけての範囲が相対的に大きく南へ移動している。これらの観測結果は本震の発震機構と調和的である。また、今回の地震発生後、志摩観測点や尾鷲観測点など、余震域周辺の観測点でわずかな余効変動が観測された。
(注)GPS観測結果の数値等は2004年10月13日時点のものである。また、余効変動の記述は2005年12月14日時点のものである。
○ 本震発生後の9月8日から実施された自己浮上式海底地震計による緊急観測結果では、本震の震央付近の余震分布は、フィリピン海プレート内の深さ10km前後を中心とするものと20km前後を中心とするものの二つに明瞭に分かれる。
○ 本震付近から北西-南東方向に分布する余震域の周辺の海底には、北西-南東方向に延びる線状地形が見られる。また、構造探査データの解析結果からは本震付近の地殻内に北西-南東方向の不連続構造が推定されている。
○ 今回の地震は、地震調査委員会による東南海地震の想定震源域の外側で発生しており、発震機構も異なることから、想定東南海地震の震源域が破壊したものではないと考えられる。今回の地震活動が東南海地震に与える直接的な影響はないと考えられる。
(参考)
地震調査委員会が平成13年(2001年)9月27日に公表した南海トラフの地震の長期評価の地震発生確率の値は、時間の経過とともに高くなる。想定している東南海地震(M8.1前後)および南海地震(M8.4前後)について、平成13年(2001年)1月1日を起点にした地震発生確率の値と平成16年(2004年)9月1日を起点にした値とを比較すると以下の通りとなる。
評価時点 | 10年以内 | 30年以内 | 50年以内 | 地震後経過率 | |
東南海地震 (M8.1前後) |
2001年1月1日 | 10%程度 | 50%程度 | 80~90% | 0.65 |
2004年9月1日 | 10~20% | 60%程度 | 90%程度 | 0.69 | |
南海地震 (M8.4前後) |
2001年1月1日 | 10%未満 | 40%程度 | 80%程度 | 0.60 |
2004年9月1日 | 10%程度 | 50%程度 | 80%程度 | 0.64 |
(地震後経過率: 前回の地震発生以降、経過した時間の平均活動間隔に対する割合)
10月6日に茨城県南部の深さ約65kmでM5.7の地震が発生し、茨城県と埼玉県で最大震度5弱を観測した。発震機構は、東西方向に圧力軸を持つ逆断層型で、太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界で発生した地震である。余震活動は低調であった。
10月15日に与那国島近海の深さ約80kmでM6.6の地震が発生し、沖縄県で最大震度5弱を観測した。発震機構はプレートの沈み込む方向に張力軸を持つ型で、フィリピン海プレート内部の地震と考えられる。
※:今回の地震に対し、気象庁は「平成16年(2004年)新潟県中越地震」と命名した。
○ 10月23日17時56分頃に新潟県中越地方の深さ約10kmでM6.8の地震が発生し、新潟県で最大震度7を観測した。また、同日18時11分頃にM6.0の地震、18時34分頃にM6.5の最大余震が発生し、いずれも最大震度6強を観測した。地震の発生状況から、地震活動はM6.8の地震を本震とする本震-余震型と考えられる。本震後1時間以内にM6.0以上の余震が3回発生するなど、本震発生直後は大きめの地震が比較的多く発生する傾向がみられた。その後、10月27日にM6.1、11月8日にM5.9の地震など発生したが、12月28日のM5.0の地震以降、M5.0以上の地震は発生していない。
○ 余震の大部分は、北北東-南南西方向に長さ約30km幅約20kmに分布している。緊急に実施された余震の観測や詳細な解析結果から、
[1]本震を含む、高角北西下がりの分布
[2]最大余震(23日18時34分M6.5)を含む、[1]と平行な分布
[3]余震域の東端に位置し27日のM6.1を含む、[1][2]とほぼ直交する分布
が認められ、それぞれに対応した断層面が推定される。このように複数の震源断層が推定されることなどから、地下における断層形態は複雑であると考えられる。なお、本震の発震機構は北西-南東方向に圧力軸を持つ逆断層型で、[1]の余震分布と整合していることから、本震は北北東-南南西方向の断層面をもつ北西側隆起の逆断層が活動したと考えられる。
○ GPS観測の結果によると、今回の地震活動に伴い、余震域南端付近の小千谷観測点(新潟県小千谷市)では約27cm隆起し、余震域東側の守門(すもん)観測点(同県魚沼市)では北西方向に約21cm移動し約6cm沈降するなど、新潟県を中心に変動が観測された。また、合成開口レーダ(SAR)のデータからも、地震に伴う地殻変動が検出された。これらの観測結果から推定される断層モデルは、本震による北西側隆起の断層運動と調和的である。10月27日のM6.1と11月8日M5.9の地震でも、震央付近の守門観測点などで数cm以内の変動が観測された。なお、今回の地震発生後、高柳観測点(同県柏崎市)や守門観測点など、余震域付近でわずかな余効変動が観測された。
(注)GPS観測結果の数値等は2004年11月10日時点のものである。また、余効変動の記述は2005年12月14日時点のものである。
- 平成16年(2004年)新潟県中越地震 変動ベクトル図(水平)
- 平成16年(2004年)新潟県中越地震 変動ベクトル図(上下)
- 同 成分変化グラフ
- 新潟県中越地震に伴う地殻変動より推定した断層モデル(水平・暫定)
- 新潟県中越地震 10月27日の余震(モデル1)
- 新潟県中越地震 11月8日の余震(西下がり面)
- 2004年新潟県中越地震地域のSARによる地殻変動
- 水準点の上下変動
- 水準測量による上下変動観測値と断層モデルから推定される上下変動量の比較
- 新潟県中越地震後の水平変動・上下変動(傾斜・年周・半年周補正)
- 傾斜・年周・半年周補正グラフ 新潟-守門,新潟-新潟大和
- 傾斜・年周・半年周補正グラフ 新潟-小千谷,新潟-高柳
○ 本震の震源過程の解析結果によると、断層面のやや深いところから始まった破壊が断層面に沿って浅い方向に進行していったと推定されている。
○ 今回の活動域周辺には複数の活断層が存在している。余震分布などから今回の地震では六日町盆地西縁に位置する断層帯の北部が活動した可能性がある。今回の地震活動に伴って、魚沼市広神(旧広神村)小平尾地区において全長1km以上にわたる地表変形が確認された。地表変形は、ほぼ南北に延びており、西側が10~15cm程度隆起している。これは、今回の活動域の地下深部における本震の震源断層の延長上に、その一部が表出した地表地震断層と考えられる。
○ 今回の活動域周辺には、余震分布と平行に分布する活断層が複数存在する。本震の西側約10kmの長岡平野西縁断層帯は西に傾斜する逆断層と評価しており、今回の震源が同断層帯の東方に分布していることから、同断層帯が活動したものではないと考えられる。
○ 11月29日03時32分頃、釧路沖の深さ約50kmでM7.1の地震が発生し、北海道で最大震度5強を観測した。この地震により、根室市花咲で0.1mなど、北海道太平洋沿岸東部で微弱な津波を観測した。余震分布は、西北西-東南東方向に延びる形で約40kmにわたって数条に分かれて分布しており、本震は余震活動域のほぼ中央に位置している。発震機構は、北西-南東方向に圧力軸を持つ逆断層型で、太平洋プレートと陸のプレートの境界で発生した地震である。地震活動は本震-余震型で、最大の余震は、12月6日に本震の南側で発生したM6.9(最大震度5強)の地震である。なお、12月22日には余震域の東端でM5.7、2005年1月18日には余震域の南西側でM6.4(最大震度5強)、2005年3月12日には余震域の北西端付近でM5.1の余震がそれぞれ発生した。
○ GPS観測の結果によると、本震発生に際して北海道東部で数cm程度の変動が観測された。12月6日の最大余震でも、北海道東部でわずかな変動が観測された。これらの地殻変動は、本震および最大余震の発震機構と整合している。また、今回の地震発生後、北海道東部でわずかな余効変動が観測された。
(注)GPS観測結果の数値等は2004年12月8日時点のものである。また、余効変動の記述は2005年4月13日時点のものである。
○ 本震付近では1961年8月12日にM7.2の地震が発生しており、この地震も今回と同様にプレート境界で発生したと考えられている。また、同年11月15日には、今回の活動域付近でM6.9の地震が発生している。
○ 今回の地震は、地震調査委員会が平成15年3月24日に公表(平成15年11月12日に一部変更)した、「千島海溝沿いの地震活動の長期評価」で評価した、「ひとまわり小さいプレート間地震」に相当すると考えられる。同評価では、十勝沖と根室沖を併せた領域では、1900年以降M7.0~7.2のプレート間地震が約20年に1回の頻度で発生しており、今後30年以内の発生確率は80%程度、その規模はM7.1前後と推定している。
12月14日に留萌支庁南部の深さ約10㎞でM6.1の地震が発生し、北海道で最大震度5強を観測した。発震機構は西北西-東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型で、地殻内の浅い地震と考えられる。地震活動は本震-余震型で、最大の余震は14日に本震の西側で発生したM4.8の地震である。GPS観測結果によると、今回の地震に伴い小平観測点[北海道留萌郡小平町(るもいぐんおびらちょう)]が北西へ約5cm移動し、約3cm隆起するなど震央付近で地殻変動が観測された。これらの観測結果は、本震の発震機構と調和的である。また、本震発生後、小平観測点など震央付近でわずかな余効変動が観測された。
(注)GPS観測結果の数値等および余効変動の記述は2005年1月12日時点のものである。