地震とは、震源域に蓄積されたひずみエネルギーを断層の滑り(すべり)運動により解放する現象です。通常の地震では、断層が高速に滑り(1秒間に約1mの滑り)地震波を放射します。一方、ゆっくり滑りと呼ばれる、ゆっくりと断層が動いて地震波を放射せずにひずみエネルギーを解放する特異な現象が、約10年前に発見されました。その後、日本だけでなく、世界中のプレート境界においてもゆっくり滑りの検出が相次ぎました。現在では、プレート境界の断層では、ゆっくり滑りと高速な滑りの両方が発生していて、お互いに影響を及ぼしあっていると考えられています。
我々は2011年東北地方太平洋沖地震(M9.0)の発生後、本震の破壊開始点の近傍で約1ヶ月前から起きていた地震活動(前震)について調査しました。24時間連続的に記録されている地面の動きに対して、波形の類似性に基づくパターン検索を適用することで、これまで知られていない小さな地震まで検出することができました。その結果、本震発生の約1ヶ月前の2月中旬と約2日前の最大前震(M7.3)発生後の2度にわたり、本震の破壊開始点へ向かう地震活動の移動現象がほぼ同じ領域で起きていたことを明らかにしました(図1)。地震活動の移動は、本震の破壊開始点へ向かうゆっくり滑りの伝播と解釈できます。前震域の直上で実施された海底における地殻変動観測の結果も、最大前震後にゆっくりとした滑りがプレート境界面上で起きていたことを支持します。ゆっくり滑りの伝播が、東北地方太平洋沖地震の破壊開始点へ応力の集中を引き起こし、本震の発生を促した可能性が考えられます(図2)。
国内で発生した他の大きな地震の前震活動についても調査を現在進めていて、本震の破壊開始点近傍でゆっくり滑りが起きていたことを示唆する事例が複数見つかりました。これらの前震活動には、活発なものから低調なものまで幅広い多様性が見られ、複雑な様相を呈します。どのようにしてこのような多様性が生じるのか、ゆっくり滑りが地震発生にどのように関与しているのか、という着眼点から研究を進展させていきたいと考えています。
図1.東北地方太平洋沖地震前の地震活動の時空間発展
(地震及び火山噴火予知のための観測研究計画‐平成23年度年次報告)。
青○印は海溝軸方向に投影した前震活動の時間的推移、
赤色と緑色の☆印は、小繰り返し地震とそれに類似したイベントを表す。
赤線は震源移動のフロントの位置を示し、ゆっくり滑りが伝播したと考えられる。
図2.東北地方太平洋沖地震前に見られたゆっくり滑りの伝播の概念図を示す
(地震及び火山噴火予知のための観測研究計画‐平成23年度年次報告)。
本震時の滑り量が大きな領域よりも深い側で、ゆっくり滑りが起きていたと推定される。
加藤 愛太郎(かとう・あいたろう)
東京大学地震研究所准教授。2002年東京大学大学院理学系研究科博士後期課程地球惑星科学専攻 修了。独立行政法人海洋研究開発機構研究員、東京大学地震研究所助手を経て、2013年より現職。専門は観測地震物理学。
(広報誌「地震本部ニュース」平成26年(2014年)2月号)