文部科学省では、東北地方太平洋沖地震発生を受け、根室沖から房総沖の海域で発生する地震に関する調査観測を実施しています。海域での観測は、技術的な困難さがあり、それほど盛んに行われてきませんでしたので、なじみの少ない観測機器も多く使われています。今回はこれらの観測・調査機器について紹介します。
海域における観測で、まず問題になるのは水圧です。100m深くなる毎に、10気圧ずつ圧力が増加します。水深1,000mになると1平方センチメートルあたり100kgの力がかかります。また、海水中は電波は伝わりませんので、遠隔観測を行うには音波を使う必要があります。また、遠隔操作を行うのも音波です。
他にも、天候に左右され荒天時には観測が困難、海流の影響、海洋生物による障害などいろいろな困難がありますが、技術の進歩により、少しずつ克服されてきました。
今回の調査・観測で行われる地形調査、地震観測、堆積物調査に用いられる機器について紹介します。
海底における活断層や、巨大地震発生時の地すべりの分布等を推定し、過去に発生した地震を明らかにするために、地すべりを含んだ地形マップを作成します。
<ナローマルチビーム測深機>
ナローマルチビーム測深機は、船底から音響パルスを送出し、その反射波を多チャンネル受波器で受信することによりリアルタイムで海底地形を計測する観測機器です(図1)。また海底より遅れて届く反射波を用いて、海底下数十mまでの地層構造の探査も可能です。
従来は、直下ただ1点に音響ビームを発射していたため、広い領域を測深する場合には、調査船を何往復もさせる必要がありました。ナローマルチビーム測深機は、非常にシャープな音響ビームを海底に発射し、海底からの反射波入射角を一度に受信することによって、短時間で広範囲、高密度なデータを取得することができます。最新の機器では、日本海溝の一番深いところでも測定が可能です。
<サイドスキャンソナー>
サイドスキャンソナーは、進行方向とは垂直の方向のサイドに音波を発信し、海底面からの後方散乱波(発信した方向と逆方向への反射波)を受信します。後方散乱の強度は、海底面の細かな起伏や海底面の底質(泥、砂、礫、岩等)で決まり、それらの情報を得ることができます。通常、浅い海で用いることが多いですが、最近の機器では深海でも使用可能です。
<サブボトムプロファイラー>
低い周波数の音波を用いて海底にパルスを発射すると、海底からの反射のみならず、海底内にも音波が浸透していき、反射して帰ってきます。これを利用して、海底の地質データを得るのが、サブボトムプロファイラーです。
<曳えい航こう体たい>
サイドスキャンソナー、サブボトムプロファイラーは、より海底に近づくほど質の良いデータを取得することができます。今回の調査・観測は、日本海溝付近で行われ、最深部が8,000mを超えています。深海での調査・観測が不可欠になります。最近では5,000mを超える深海でも使用できる曳航体があり、深海底付近で、2つの機器での同時観測を行うことができます。
海底で地震観測を行うには、ケーブルに接続した地震計でデータをとる方法と、地震計を海底に沈め、一定期間観測した後に、データを収集する方法があります。前者の方法は、リアルタイムでデータが得られるという長所がありますが、設置に費用、時間がかかるという欠点があります。後者は、リアルタイムでデータは得られませんが、安価で、迅速に設置することができます。限られた期間の観測で、リアルタイムでデータを得る必要がないときは、自己浮上式海底地震計(OBS)を用います(図2)。自己浮上式海底地震計の詳細な内容については、本誌の12ページ下段をご覧ください。
自己浮上式海底地震計は、設置するコストが安いことから、数多くの地震計を同時に設置し観測を行うことができ、地震活動を詳細に把握するのに貢献しています。最近のOBSには広帯域の地震計観測を行えるものもあり、深部で発生する低周波微動など、特殊な地震も観測できるようになりました。
海底の堆積物を採取するには、調査船から観測機器を吊り下げて行われますが、1,000mを超えるような深海でこのような作業を行うには、自在に航行する推進システム、位置を決定するシステム等が必要になります。
それらの課題を解決した観測機器を、東京大学大気海洋研究所が開発しました。その機器は、NSS(Navigable Sampling System:自航式深海底サンプル採取およびデータ管理システム)と呼ばれており、音響測位、ビデオカメラによる海底観察による位置決定、4つの推進器による航走が可能です。また、船からの信号による各種観測機器の切り離し、搭載機器によるリアルタイム観測が可能という特長を持っています。そのシステムは、水深4,000mまで観測が可能で、海底堆積物調査ではピストンコアラーを用いて行います(図3)。吊り下げるケーブルは鋼線鎧装電気光複合ケーブルで、5,000mの長さのものを用いています。
海域での観測には、克服すべき課題が山積みされていますが、高圧力に耐えられる新しい材料、IT技術の進歩、計算機による解析速度、手法、アルゴリズムの高度化により、以前では考えられない観測ができるようになってきました。今後とも、観測機器の開発が行われ、より高精度で有意義なデータが海域で取れるよう、開発が進められています。
(広報誌「地震本部ニュース」平成24年(2012年)3月号)