2011年3月11日午後、マグニチュード9.0という我が国では初めて経験する規模の東北地方太平洋沖地震が発生し、主として津波によって2万人に近い犠牲者を出した東日本大震災となりました。この災害はこれまで戦後我が国を襲った自然災害と異なる3つの特徴を持つ未曾有の大災害です。第1の特徴は、今回の災害が持つ空間的な広がりの大きさです。第2は、インターネットの普及によって生まれた情報処理についての大きな質的変化です。そして、第3は、G空間情報の積極的な利活用です。21世紀前半に発生が確実視される南海トラフ地震を始め、首都直下地震など、今回の災害を上回る被害の発生が避けられない事態が近い将来予想されています。そのため大規模な被害の発生を前提とし、高い災害回復力を持つ都市の実現を目指すことが不可欠になります。
本研究は2つの目的を持っています。第1の目的は、ICT 分野での新しい要素技術を利活用して、円滑な応急・復旧対応を支援する災害情報を提供するための2つのシステムで構成されるしくみを開発することです。関係者間の状況認識統一を可能にするクラウドを活用したG 空間情報処理システムと、GPS付携帯端末を活用して社会全体に対してキメの細かい災害情報を提供できるマイクロメディアサービス体制を開発します。第2の目的は、災害対応者に対する国際基準に準拠した研究・訓練体系を構築するとともに、個人や家庭、各組織における事業継続能力を高めるために科学的研究成果に基づく学際融合的な啓発手法とコンテンツの整備を行うことです。防災リテラシーの向上方策を検討し、自助・互助・共助・公助力を高めます。その前提として、東日本大震災で現在進行中の応急対応・復旧復興に関する災害経験とこれまでの被災経験を比較して、防災力向上に寄与する知見・教訓を整理していきます。
本研究では、5つの最終成果物の姿を初年度にHP上で宣言しました(図1)。1)都市防災研究協議会(SIG)、2)ジオポータルオンライン(GPO)、3)防災リテラシーハブ(HUB)、4)マイクロメディアサービス(MMS)、5)シェイクアウト訓練(ShakeOut)、の5つです。以下、その概要を紹介しますが、詳細についてはぜひHPをご覧ください。(http://www.drs.dpri.kyoto-u.ac.jp/ur/)。
図1 都市減災サブプロホームページ
第1の「都市防災研究協議会(SIG)」では、研究者とその成果を利用する実務者の連携が必要であるとの認識から、危機対応の標準化、経済再建シナリオ、防災政策という大規模都市地震災害で考えるべき3テーマに的を絞って、全国の都道府県並びに政令市の実務者と研究者が協働した定期的な会議を開催しています。
第2は、ジオポータルオンライン(Geo-Portal Online:GPO)プロジェクトです(図2)。ウェブ上での地理空間情報を活用して情報の統合基盤を整備し、その活用法を検討しています。情報基盤として「首都直下地震」「南海トラフ地震」「東日本大震災」「あなたのまちの直下地震」の4種類地震シナリオについて情報を提供します。「首都直下地震」と「南海トラフ地震」は内閣府の被害想定に基づいています。「東日本大震災」では、発災直後内閣府で行われた東北地方太平洋沖地震緊急地図作成チーム(Emergency Mapping Team:以下EMTチームと略)が作成した地図が中心です。「あなたのまちの直下地震」ではマグニチュード7程度までの直下地震を、任意の場所、任意の深さで発生させ、その被害を想定する仕組みを構築中です。
図2 ジオポータルオンライン
第3は、防災リテラシーハブ(HUB)の整備です(図3)。広域大規模災害への対応には自助力の向上が不可欠です。個々人が防災について正しい知識・技術・態度を持つことを可能にするポータルサイトを構築しています。利用者として、災害対応従事者と一般市民という2種類の利用者を想定したサイトです。平時に行われる研修や訓練等の集団的な場面での活用と災害対応時の現場研修での利用、個々人による平時の利用といざ事が起きた時の個人の疑問への回答、という平時と災害時のどちらでも利用できることを目指しています。これまで「被災者台帳を用いた生活再建支援システム」「復興の教科書」をテーマとして、インストラクショナルデザイン理論に基づいた研修を公開しています。
図3 防災リテラシーハブ
第4は、マイクロメディアサービス(Micro-media Services: MMS)です(図4)。マスメディアの対置概念です。20世紀に発達したマスメディアは、情報へのアクセス権を人々に解放しました。21世紀に入ってのインターネットの普及は、情報発信権を人々に解放し、ソーシャルメディア情報も含めて、防災・災害情報の量が飛躍的に増加しています。そうした状況の中で、膨大な情報から個人に必要な信頼できる情報だけを、必要な場所で、必要なときに利用できる新しいメディアが必要です。このニーズに答えることができるのがGPS付の携帯端末を利用したマイクロメディアなのです。
図4 マイクロメディアサービス
第5は、シェイクアウト訓練(ShakeOut)とよばれる、米国カリフォルニア州で2008年にスタートしたウェブ時代の新しい防災訓練です(図5)。地震防災に関する科学的な研究成果をもとに、できるだけたくさんの人に地震の社会影響、とるべき対応を「わがこと」として考えさせる仕掛けです。最新の成果にもとづく科学的地震災害シナリオを人々に周知し、一人ひとりが周囲の人々と一緒に自分たちの弱点を探し、置かれた状況に適した対応策を考える機会を提供する訓練として、2013年度には200万人以上の参加を得ました。
図5 シェイクアウト訓練
今後は、これら5つの成果物の内容を、今後生まれる個別研究の成果を収納して順次充実していく予定です。HPの利用者のみなさんからのフィードバックも期待しています。
京都大学防災研究所教授。1951年東京都生まれ。1983年UCLA Ph.D.
専門は社会心理学、危機管理。2013年9月防災功労者内閣総理大臣表彰受賞。文部科学省科学技術・学術審議会専門委員、日本学術会議連携会員等。「いのちを守る地震防災学」など著書多数。
(広報誌「地震本部ニュース」平成26年(2014年)春号)