皆さんは、日本列島の「今の揺れ」を見ることができるのをご存じでしょうか。防災科学技術研究所(以下、防災科研)が提供する「強震モニタ」は、インターネットを介して、いつでも誰でも、観測されている地面の揺れをリアルタイムで見ることができるシステムです。
(http://www.kyoshin.bosai.go.jp/kyoshin/)
防災科研は、地震調査研究推進本部が推進する基盤的調査観測の一環として全国に約2000点の地震観測点を設置・運用しており、そのほとんどに強震計(被害を及ぼすような強い揺れを観測するための地震計)が配備されています。大地震はごく稀にしか起こらないため、強震観測は従来その多くが強い揺れが発生したときにだけ動作し現地にデータを蓄積するイベントトリガー方式により行われていました。これらのデータは、被害の原因の究明や震源過程解析など事後検証的に活用され、耐震工学や地震ハザード評価などを通じて将来の震災軽減に役立てられてきました。近年の観測技術の発展により、限定的ながら強震観測を連続化することが可能となり、今起こりつつある震災の軽減に直接貢献できるようになりました。
図1 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の際の強震モニタの様子を、観測データをもとに後日再現したもの。
図2 東北地方太平洋沖地震のシミュレーションデータをもとに、(左)陸域の観測データのみを用いた場合と、(右)
現在敷設が進められている日本海溝海底地震津波観測網のデータも利用可能であると仮定した場合の強震モニタの様子。
現在敷設が進められている日本海溝海底地震津波観測網のデータも利用可能であると仮定した場合の強震モニタの様子。
強震モニタは、観測点から1秒毎にパケットで伝送されてくるリアルタイム震度などの強震動指標を、観測点毎に小さなシンボルで画像化した地図を1秒ないし2秒に一枚配信することで、動画のように日本列島の地震動を見せるシステムです。さらに、2013年10月に公開した新強震モニタでは、地震が起こり気象庁の緊急地震速報が発報されたときには、その諸元(震源位置およびマグニチュード)から推定される震度分布、震源の位置(×印)、P波(青)およびS波(赤)の到達範囲を表す2つの同心円が重ねて表示されます。
図1は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の際の強震モニタの様子を再現したものです。宮城県付近で揺れが始まり、それが南北に広がり、3分間以上の時間をかけて東北から関東北部までの太平洋側に非常に強い揺れが広がった様子が見てとれます。また、緊急地震速報による震源や推定震度などが時間と共に更新されながら表示される様子が見て取れます。これまで地震観測により得られるデータは研究者や技術者などの専門家にとっては貴重なものであっても、一般の人にとっては親しみにくいものでした。強震モニタは、地震波が面的に広がる様子を視覚的に捉えることができ、推定値ではなく観測された値が生に近い形で提供されるという信頼感があり、地震に関して特段の専門知識を持たない人でも興味を持つように工夫されています。東北地方太平洋沖地震の後、多くの余震が発生したことから強震モニタへの注目が高まりました。最初に公開された2008年8月には数十人程度の閲覧しかありませんでしたが、今では大きな地震の発生直後には数万人にのぼる同時アクセスがあります。現在、防災科研が整備を進めている房総沖から東北及び北海道の沖合に至る日本海溝海底地震津波観測網などの海域における観測データが利用可能になると、より早く確実に当該地方の海溝型地震の揺れを表示することが可能になるでしょう(図2)。
新強震モニタの開発にあたり、2012年度後半の約半年間、合計約4000名の参加者を対象に実験公開を行い、アンケート調査を行いました。調査結果では過半数の方が「日に1 回以上」閲覧しており、四分の三以上の方が強震モニタの導入により防災意識が向上したと回答しています。また、「普段から地震のことを気にするようになった」や「大きく揺れ出すまでに対応行動がとれると思うようになった」という回答が多く、強震モニタを利用し常時揺れの状況や緊急地震速報による情報を表示することで日頃からの防災意識の向上に役立っていることが明らかになりました。
緊急地震速報は、地震規模と位置をいち早く推定し大きな震度が予想される場合に報知を行う技術で、強い揺れが到来する前に警報を発することができるという意味で画期的です。一方で、緊急地震速報のように震源情報に立ち戻る手法は、巨大地震時やほぼ同時に複数の地震が発生する場合などに推定震度に大きな誤差が生じたり、震源近傍域において警報が間に合わないなどの問題もあります。強震モニタのように、実際に観測される「揺れ」の連続データを可能な限り迅速に活用する技術はこれと対極を成すものです。緊急地震速報のように強い揺れの到着前に入手可能なものではないですが、推定値ではなく確定値であるため誤差要因が少ないという特徴を有しています。これら2つの技術は相補的なものですので、片方を選択するのではなくお互いに補う形で活用するための研究が重要です。
現在の強震モニタは、防災啓発的な意味合いでは大いに役立っていますが、インフラや機械の制御、避難などの防災行動に直接結びつくところまでは残念ながら至っていません。その主たる理由は、現在は画像のみの配信であり、数値によるデータ配信を行っていないためです。リアルタイムでの「揺れ」の連続データを真に防災に役立てるためには、多数に対する大規模かつ確実な配信が必要ですが、これまでにない試みであるため、研究的に非常にチャレンジングなものです。その要望は多く、実現されれば新たな強震観測データの利活用の道が開けます。特に、緊急地震速報と組み合わせることにより、迅速性と確実性を兼ね備えたこれまでにはないシステムの構築が可能となると期待されます。そのためにも、より多くの強震観測が連続化されることが望まれます。
独立行政法人防災科学技術研究所 観測・予測研究領域地震・火山防災研究ユニット 地震・火山観測データセンター長。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)。専門は、地震観測・強震動地震学・数値シミュレーション。1996年防災科学技術研究所に入所、2010年より現職。地震観測網運用の統括、地震や津波に関するリアルタイム防災情報の研究、波動伝播に基づく地震動の大規模数値計算手法の開発に従事。
(広報誌「地震本部ニュース」平成25年(2013年)10月号)