2011 年3 月に発生した東日本大震災は津波浸水や原発
災害が極めて深刻でしたが、関東大震災や阪神・淡路大震
災を超す373 件の出火件数が記録されるなど(筆者ら調
べ)、地震火災による被害もまた顕著でした。このなかで、
出火件数こそ全体の4 割程度であるものの、大規模延焼の
ほとんどは津波を原因として発生した火災、いわゆる津波
火災によるものです。この津波火災は、これまでにも北海
道南西沖地震における奥尻の事例などが知られていました
が、なぜ起きるか、どのような被害が予測されるかについ
てはこれまで十分な研究がなされていませんでした。筆者
は、東日本大震災直後の現地調査・火災実験、消防本部や
消防団への聞き取り調査や質問紙調査を経て、その発生メ
カニズムや被害要因を明らかにしました。今回はこの研究
成果を簡単に紹介したいと思います。
東日本大震災では全国で159 件の津波火災が発生して
いますが、多くが自動車や家屋の電気系統を出火原因とす
るもので、おおむね4 種類の発生パターンに分類されます。
ひとつめは斜面瓦礫集積型の津波火災です。これは主とし
て三陸沿岸などにみられたもので、津波によって倒壊家屋・
プロパンガスボンベ・自動車等、多くの可燃物や危険物が
山・高台のふもと等に沿って打ち寄せられます。その後、
一緒に漂流してきた火源(家屋・各種燃料)から着火炎上
し、大規模延焼に至ります。このパターンの津波火災は大
槌町のように市街地火災から山林火災に拡大する危険性が
あり、高台へ避難している人が二次避難を余儀なくされる
可能性もあります。次のパターンは都市近郊平野部型の津
波火災で、主として仙台平野などに特徴的であったもので
す。都市部における津波火災なので、膨大な量のプロパン
ガスボンベや車などが多くの出火点をもたらします。その
結果、津波によって漂流した多くの可燃物や危険物、火源
が比較的堅牢な建物周辺に集積し、延焼拡大します。これ
は津波避難ビルなどの生存空間を脅かすもので、避難者は
二次避難が不可能となるケースも考えられます。続いて危
険物流出型の津波火災という、主として気仙沼で発生した
津波火災のパターンです。これは危険物が流出するなどし
て海上での大規模火災が継続するもので、船や瓦礫が回遊
することで湾の周囲に延焼する、非常にリスクの高いもの
です。最後に電気系統単発出火型の津波火災です。これは
車や家屋の電気系統が津波の浸水の影響により出火するもので、延焼面積はそれほど大きくありませんが、津波到達
後時間が経過してからも断続的に発生する傾向にあります。
これら津波火災の発生原因(白色)を対策(灰色)とと
もにまとめたものが上図になりますが、この結果を生かし
て、現在は津波火災の被害予測に関する研究を行っていま
す。試算ではありますが、南海トラフ巨大地震の陸側①ケー
スが到来した場合、重油の流出が避けられたとしても100
件程度の津波火災が全国で発生する可能性が明らかとなり
ました。
津波火災は生活に必要なプロパンガスボンベや自動車・
家屋などから出火し、流出した瓦礫が可燃物となり延焼し
ます。このため現状で抜本的な対策は困難ですが、津波火
災を想定した避難手段の検討や津波火災の消防戦術など、
津波火災への対応策は社会全体で検討する必要があると考
えています。
廣井 悠(ひろい・ゆう)
名古屋大学減災連携研究センター准教授。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を 中退、同・特任助教を経て2012 年4月より現職。博士(工学)、専門は都市防災。主な受賞に平成24年度文部科学大臣表彰若手科学者賞、都市住宅学会・学会賞、Asia-Oceania Symposium for Fire Science and Technology Best Presentation Award など
(広報誌「地震本部ニュース」平成27年(2015年)春号)