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  3. 海底地殻変動観測~現状・展望・課題~

(広報誌「地震本部ニュース」平成27年(2015年)夏号)

地震調査研究の最先端 海底地殻変動観測 〜現状・展望・課題〜

はじめに

 2011 年東北地方太平洋沖地震の発生に伴う地殻変動を 震源の直近で捉え、この地震の発生メカニズムを理解する上 で重要な多くの手掛かりを提供したことで、海底地殻変動観 測は国内外の注目を集めるようになりました。本稿では、日 本における海底地殻変動観測の現状とこれからについて述べ たいと思います。


海底地殻変動の観測手法

・GNSS /音響結合方式(GNSS/A)観測
 今や、GNSS 観測が地殻変動観測の主力となっていますが、衛 星からの電波が届かない海底の動きを捉えるには、音波を用いた 精密測位が重要な役割を果たします。観測船やブイなどの海上プ ラットフォームと海底基準点に設置した装置との間の音響精密測距 により海底局装置の測位を行うと同時に、海上プラットフォームの 位置をキネマティックGNSS 精密測位で求め、海底基準点の座標 を陸上測地基準点と同じ座標系の中で定めます(図1)。この 基準点の位置の時間変化から海底での地殻変動が捉えられます。

図1

図1 GNSS/ 音響結合方式観測。

 ・海底水圧観測
 海底での水圧の変化は観測地点での水深の変化を反映して いると考えることができます。従って、潮汐などによる海面高変動成分を除去した後の水圧の変化から海底の上下変動を検 知することができます。海底にセンサー・記録装置・電源を一 体化した小型の観測装置を用意し、その設置と回収を繰り返 すことで、海底上下変動の連続観測が行われてきました。


海底地殻変動観測の成果

 海底地殻変動観測が大いに注目されるきっかけとなったの は、2011 年東北地方太平洋沖地震(東北沖地震)による 巨大な地震時変動を捉えたことでした。震源周辺の海底で捉 えられた地震時変位量が、陸上で観測された量と比べ著しく 大きいこと・海溝軸に近づくにつれ増加していること、といっ たことは、プレート境界浅部が地震時に大きくずれ動いたこと を示す重要な証拠となりました(図2)。一方、東北沖地震 直前の海底上下変動の時間変化から、本震発生に先行して震 源周辺で「ゆっくりすべり」が進行していたことが明らかにさ れています。また、海底観測による震源域直上の地震後地殻 変動の実態は、プレート境界断層の挙動や沈み込み帯の変形 機構を理解する上で極めて重要な知見を提供しています。

図2

図2 地殻変動観測データから推定された2011 年東北地方太平沖地震に伴う地震時すべり。
左:陸上観測データのみを用いた場合。右:海陸の観測データを用いた場合。

 東北沖地震の影響を受けて、日本海溝沿いの海溝型大地震 の発生予測は、以前にも増して困難になっていますが、そう した状況を打破するためには、地震後地殻変動の実態解明が 不可欠です。一方、フィリピン海プレート北縁沿いで実施され ている海底地殻変動観測は、こうした海域における海溝型 大地震に関する長期評価の精度向上に大きく貢献することが 期待されています。これまでの観測データの蓄積により、各海 域での地殻変動の特徴がかなりわかってきました。こうした 観測データは、プレート境界断層上での固着強度の空間変化 を評価することを可能にし、今後発生する大地震の震源像を 絞り込む上で貴重なものです。


海底地殻変動観測網の整備状況

 日本における本格的な海底地殻変動観測網の整備は2000 年 代初頭に、南海トラフや日本海溝沿いにGNSS/A 観測の海底基 準局を展開することで始まりました。津波早期検知の目的で海底 ケーブル式の海底水圧観測システムが1980 年代から徐々に展 開されていましたが、地殻変動検知を目的とした観測は、先述の 小型装置を用いて宮城県沖地震の想定震源海域周辺で行われて いたものが嚆こう矢し と言えます。こうした第一世代の観測網による調 査観測が大きな成果を挙げたことから、観測網の大幅な増強が図 られました(図3)。東北沖地震がプレート境界断層のごく浅部 での大きなすべりを伴ったことから、日本海溝沿いでは海溝軸に 沿った深海域に重点をおいた整備が行われました。南海トラフで もトラフ軸近傍への観測点展開が行われるとともに、巨大地震の 想定震源域が九州東方沖にまで拡大したことに伴って観測網の 拡大が図られました。一方で、海底ケーブル式の地震・津波観測 システムの整備も進んでいますが、最新型の観測システムは、 微小な地殻変動を検知する性能をも有することから、海底上下 変動を連続観測する広域観測網として機能すると期待されます。

図3

図3 海底地殻変動観測網の現状。

□:GNSS/A 観測点(赤:東北大学、黄:名古屋大学、緑:海上保安庁)。
+:海底ケーブル式観測システム(防災科学技術研究所・ 海洋研究開発機構)の水圧観測点。上:全国、下:南海トラフ周辺域の拡大図。


海底地殻変動観測のこれから

 南海トラフや日本海溝沿いでは海底地殻変動観測網の整備が 進んでいますが、未だ多くの観測空白域が残されています。過 去に巨大な津波が繰り返し発生していることが知られている千 島海溝や琉球海溝沿いのプレート間固着の状態を海底地殻変動 から明らかにすることは、大津波を引き起こす巨大地震の発生 機構を解明し、その発生ポテンシャルの評価するために不可欠であり、こうした海域にも観測網を展開する努力が必要です。
 地殻変動場の理解には長期・広域での継続的な観測データの 蓄積が重要ですが、それを海底で実現するためには、幾つかの 技術的な課題が残されています。現状のGNSS/A 観測では、 海底基準局が設置された海域に観測船が赴いて測量することで データを取得していますが、広域・多点観測のためには、膨大 な航海日数を必要とします。そこで、船舶観測の観測効率を精 度劣化なく向上させることで、限られた日数の中で観測の機会 を増やすための方策が研究されています。また、観測船を自律 型の観測装置に置き換えることができれば、観測効率が大幅に 向上するだけでなく、それを常時展開することで、大地震発生 直後など、必要なタイミングで直ちに海底地殻変動の情報を得 ることが可能となります。現在、そのための装置の開発が進ん でおり(図4)、それを発展させることで海陸に広がるリアルタ イム地殻変動観測網が実現できるはずです。海底水圧観測で は、年間1cm 程度の微小な変化率を検知するための技術開発 を通して、海底ケーブル観測網のデータからプレート間固着 状態の時空間変化を海底上下変動のモニタリングで捉えること をめざしています。また、海中精密音響測距の技術を応用した 海底伸縮観測の長基線化・長期間化の試みも進んでいます。 東北沖地震の震源域では、プレート境界断層最浅部の動きを 捉えるため、海溝軸を跨ぐ基線の連続観測に着手しました。 その他にも、深海掘削孔内設置型の歪・傾斜計や海底設置型の 傾斜計の開発なども進んでいます。こうした海底観測の技術 革新がもたらす新たなデータにより、プレート境界断層をはじめ とした海域で発生する大地震の発生機構の理解が、これから の10 年間に飛躍的に進むと確信しています。

図4

図4 開発中の自律式GNSS/A 観測用海上プラットフォーム(海洋研究開発機構)。


日野 亮太(ひの・りょうた)

著者の写真 東北大学大学院理学研究科 教授
1992 年東北大学大学院理学研究科(地球物理学 専攻)修了。博士(理学)。東北大学理学部助手・ 助教授、同大学災害科学国際研究所教授を経て、 2015 年4 月より現職。地震調査研究推進本部長 期評価部会海溝型分科会(第2期)委員。専門は 海底地震学・測地学。



(広報誌「地震本部ニュース」平成27年(2015年)夏号)

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