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(広報誌「地震本部ニュース」令和6年(2024年)冬号)
大地の揺れや津波を引き起こす地震の正体は断層のずれ(すべり)です。そのため、地震波や津波の観測データを解析することで、逆に、断層がどうすべったのかを知ることができます。一方、地震がなぜ、どのように始まったのか(断層がすべり始めたのか)を知るには、すべりが始まった場所の状態とそれからの変化を詳しく把握する必要がありますが、ほとんどの地震は地下深くで始まるため、どのような準備過程があるのかも含めて未解明です。このような問題の解決に向けたアプローチとして、実物を遠くから観察する代わりに、良く似た模型を手元で詳しく眺めるという手段が考えられます。国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下「防災科研」という。)はその考えの下、より現実に近い地震の再現と調査を目的としてこれまで三台の大型岩石摩擦試験機を開発し、それらを用いた実験研究を進めてきました。本稿ではその取組について紹介いたします。
防災科研が開発した大型岩石摩擦試験機の基本的な機構は全て共通で、上下に積み重ねた一対の岩石試料の上から力を加えてその接触面(模擬断層面)に圧力を与え、その後、上側もしくは下側試料の端面に模擬断層をすべらせるための力を加えるものです。実験条件にもよりますが、多くの場合、一定速度で押しても模擬断層はすべっては止まる動きを繰り返します。これはスティックスリップと呼ばれ、身の回りでも良く起きる現象ですが、その本質的なメカニズムは地震サイクルと同等と考えられています。模擬断層がすべる時は全体が同時にすべるのではなく、すべった領域がゆっくりと拡大し、ある大きさに達したところで加速的に急拡大します。この過程は震源核形成過程と呼ばれる地震の始まりの有力なモデルの一つであり、初期のゆっくりとしたすべりはプレスリップとも呼ばれます。プレスリップそのものが地震前に明確に観測された例はありませんが、プレスリップが引き起こしたと考えられる小さな地震、すなわち前震が大地震前に活発化した例はいくつか報告されています(例えばKato et al., 2012)。その状況を再現したと考えられるのが図1に示す実験データです。
図1の実験データは、同じく図1に示している、防災科研が最初に開発した大型岩石摩擦試験機による実験で得られたものです。この試験機はつくば本所にある大型振動台を動力として利用し、模擬断層面の長さが1.5mとなる岩石試料をすべらせることが可能です。小さな岩石試料を使った実験や自然環境での観測と異なり、断層近くに数多くのセンサーを設置できるので、現象を詳細にモニターすることができます。この実験では上下試料が接している模擬断層沿いに局所的な力を推定するひずみゲージと模擬断層面から放射される弾性波(地震波)を計測する圧電素子センサーを多数設置しました。図1は、模擬断層全体がすべる本震直前の局所的なせん断応力(断層をすべらせるセンスの力)の変化を色で示しており、一時的な増減が時間差をおいて伝わっていく様子を表しています。これは☆で示す箇所から始まったプレスリップ域の拡大、すなわち震源核形成過程を示しており、白丸は圧電素子センサーのデータから推定した、前震が発生した位置と時刻を示しています。これらの実験結果から、プレスリップ域先端の通過後に前震が引き起こされていることが確認できました。一方、この実験では、再来周期の半分の時間が経過すれば次の本震に向けたプレスリップが始まっていたにも関わらず、なぜか前震は本震の直前に集中して起きていたことが分かりました。
その理由を解明したのが第二世代の試験機(図2)による実験です。この試験機は模擬断層面の長さが4mの岩石試料対を用いることが可能で、ひずみゲージと圧電素子センサーに加え、上下試料間の相対変位を局所的に測定するための変位計も設置しています。これにより各箇所でのすべり量を直接的に測定可能となった上、すべり速度の情報も得られるようになりました。その結果を図2に示しています。灰色の線が局所的なせん断応力変化を、バックグラウンドの色がすべり速度を表していますが、プレスリップ域の拡大とともにすべり速度が上昇し、1,000μm/s近くに達した位置及び時刻で前震が発生していたこと、言い換えると、前震が発生するにはある程度大きなすべり速度が必要だったことが明らかとなりました。さらに、前震発生時のすべり速度が大きいほど前震の規模も大きくなる傾向にあることも分かりました。これらのことから、局所的な断層すべり速度の上昇が前震の発生を促進していることが明らかとなりましたが、このことは逆に、地下深くの断層面の状態を地震活動やその変化を通して間接的にモニターできる可能性を示しています。
図1、図2の実験結果が示すように、急拡大したプレスリップ域は比較的すぐに岩石試料の端に到達してしまいます。到達前の過程をより詳細に観察するには、さらに大規模な岩石試料を使った摩擦実験が必要であり、防災科研は2023年に第三世代の大型試験機を開発しました(図3)。この試験機の模擬断層面は長さが6m、幅が0.5mで、その面に圧力を与えるための6本の油圧ジャッキは、1本あたり最大で約200tf(トンフォース)まで出力可能なため、合計で約1,200tの重量を持ち上げられるほど強力です。また、模擬断層に与えられる相対変位量は最大1mと、いずれも世界最大級の規模です。この大規模な摩擦実験により、より現実に近い複雑な現象を再現できるようになりましたが、その一方で、断層内部の状態が把握しづらいという問題も発生しました。図3には第三世代の試験機による実験で発生した震源核形成に伴うせん断応力変化が示されています。これは岩石試料の両側面に設置したひずみゲージアレイを使って推定したものですが、初期段階では互いに異なる変化が記録されています。このことは、より自然に近い2次元的な震源核が形成されたことを示していますが、現状の測定ではその詳細を知ることができません。そこで現在、ひずみを測定できるように加工した太さ0.2mm未満の光ファイバーを模擬断層面直下に埋め込み、実験中に測定を行って震源核形成過程を詳細にモニターすることを計画しています。これらの取組により地震発生メカニズムの理解を深め、地震による被害軽減に向けた成果を出していきたいと考えています。
引用文献
Kato, A. et al. (2012). Science, 335(6069), pp. 705-708. doi: 10.1126/science.1215141.
Yamashita, F., Fukuyama, E. and Xu, S. (2022). Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 127(3), p. e2021JB023336. doi: 10.1029/2021JB023336.
Yamashita, F. et al. (2021). Nature Communications, 12(1), p. 4302. doi: 10.1038/s41467-021-24625-4.
山下太ほか (2024). 日本地球惑星科学連合2024年大会.
著者プロフィール:山下 太
国立研究開発法人防災科学技術研究所 巨大地変災害研究領域地震津波発生基礎研究部門 主任研究員 博士(理学)。2003年京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。専門分野:実験地震学、地殻物理学。2003年4月に防災科研入所。2008年4月より現職。現在は、大型岩石摩擦実験による地震発生メカニズム解明にむけた基礎研究に従事。
(広報誌「地震本部ニュース」令和6年(2024年)冬号)
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