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(広報誌「地震本部ニュース」令和5年(2023年)春号)
南海トラフ地震の発生が危惧される中、将来の巨大地震に備えるために科学的情報の高精度化や即時発信と情報の適切な活用が求められています。2020年度より5カ年計画で開始された本プロジェクトでは、最新の観測データに基づき想定震源域での地殻活動の現状把握と推移予測に関する情報創成・発信(サブ課題1)、それらの情報を地震・津波被害軽減に最大活用するための防災対策や実行の仕組みの創成(サブ課題2)、更にそれら防災対策を自治体、企業等で活用するための社会実装とその検証(サブ課題3)を目的としています。本稿では、折り返しを迎えた本プロジェクトの各サブ課題の進捗状況をご紹介します。
南海トラフの地殻活動の現状と将来の推移を把握し、その情報を発信するため、南海トラフ地震発生帯の現実的なモデルと海陸統合地震・地殻変動データを最大活用した地殻活動・プレート固着すべりモニタリング及び予測システムの構築を目指しています。
(1)高精度な3D構造モデルに基づく自動震源決定システムの開発
南海トラフ及びその周辺で発生する地震の活動状況を迅速かつ精度良く把握出来るようになることを目指し、海域と陸域をあわせた三次元地下構造モデルを構築するとともに、そのモデルに基づいて自動的に震源位置を推定するシステム、地震活動の時間的・空間的な分布を可視化するシステムの開発を行っています。現在は、既存の三次元P波速度構造モデルに新たな地下構造調査研究等の成果を取り込むことで精緻化・高精度化するとともに、過去の知見や観測データを総合的に解析することにより三次元S波速度構造や密度構造などのモデル構築を進めています(図2)。さらに、調査観測データに基づく検証作業を通じ、構築したモデルの信頼性を高めています。この海陸統合三次元地下構造モデルは、震源位置の推定だけではなく、地殻変動評価、強震動の予測など、様々な用途に共通して用いることが出来るモデルとなることを目指しています。並行して、時々刻々と収集される地震計データを解析し、三次元地下構造モデルに基づいて震源位置を推定するシステムは基本開発を終え、地震活動が活発な日向灘海域等を対象とした試験稼働を通じて、その性能評価を行っています。
(2)プレート固着・すべり分布のモニタリングシステムの構築
プレート間の固着の様子や、地震発生時にそのすべりの状態を正確に捉えることは、プレート境界の現状把握の上で極めて重要です。海域におけるより現実的な地下構造を反映させつつ、プレート境界等におけるすべりをその推定の不確実性とともに定量化する手法の開発を進めるとともに、広帯域海底地震観測によって、固着やすべりの情報が乏しいプレート境界浅部における断層固着の様子を明らかにする研究を推進しています。これまでに、南海トラフのプレート境界における巨大地震を対象として、プレート境界や分岐断層でのすべりによる地殻変動を、詳細な地下構造を考慮に入れたモデルによって高精度に推定する試みや、数値実験データを用いて陸上の地殻変動データから地震時のすべり分布をその曖昧さとともに同時推定する手法の開発を進めることによって、観測データに基づいて震源域の現状を随時把握するシステムを作るための準備を進めてきました。さらに南海トラフ中西部に位置する日向灘のプレート境界浅部におけるスロー地震活動と、非プレート境界域における地震活動をより正確に把握するために、周期の長い地震波を計測できる小型の広帯域地震計も併用した広帯域地震観測を行いました。その結果、低周波微動の時空間発展や遠地で発生した大地震によって低周波微動が励起される様子などの把握に成功しました。
(3)3Dモデル・履歴情報を用いた推移予測
南海トラフにおいて一定規模以上の地震が想定震源域あるいはその近傍で発生した場合や、通常と異なるゆっくりすべりが進行した場合に、それらの現象がどのように推移するかを検討するには、大規模な地震発生に向けた過去からの地震準備過程を明らかにするとともに、その後の推移を予測する手法を開発する必要があります。その準備過程を明らかにするため、歴史資料や海陸の地質学的な痕跡にもとづいて、南海トラフにおける地震履歴の統一モデル構築を目指しています。そのために、陸域では駿河湾奥~九州東部沿岸にかけて、海域では東海~紀伊半島沖や日向灘~南九州沖で堆積物試料を採取・分析して地震・津波履歴を推定しています。また、史料調査では、明応東海地震から昭和東南海・南海地震を対象に現地調査を行うとともに、これまで得られた史料調査の結果を基に昭和東南海・南海地震の津波波源モデルの再評価を行っています。一方、推移予測のためには、過去からの地震履歴による現在の応力状態を推定した上で、地震やゆっくりすべり発生後の地殻変動や断層すべりの推定が必要となります。そのための手法開発として、3次元不均質構造モデルを構築するとともに、地震とゆっくりすべりによる地殻変動や応力評価のためのグリーン関数計算を進めています。
地震発生の時空間的な多様性を持つとされている南海トラフ沿いの巨大地震に対して、防災情報基盤を創成し、「命を守る」、「地域産業活動を守る」、「大都市機能を守る」の3つの目標を立て総合的に研究を推進しています。
(1)地震防災基盤シミュレータの構築
地震防災基盤シミュレータの構築では、南海トラフ沿いで発生する可能性がある巨大地震の多様性を構成する地震パターンの中から、過去に発生した履歴が知られており、また災害対応のガイドラインが定められている半割れパターンに着目して、先行する半割れ地震発生後のハザードや人口分布の変化を考慮した地震動や津波による人的被害リスクを試算しました。リスク評価に用いる曝露人口モデルとしては、南海トラフ地震臨時情報に伴う事前避難を考慮したモデルと事前避難を考慮しないモデルを構築し、人的被害リスクを試算しています。その結果、想定した半割れパターンでは事前避難を考慮した場合10,000人~15,000人程度の死者が想定され、事前避難した場合は事前避難をしない場合と比べ、概ね10%程度の死者が減少する可能性があることが示唆されました。
(2)臨時情報発表時の人々の行動意思決定に資する情報の提供
臨時情報には、南海トラフ地震・津波による被害を大幅に軽減することが期待されています。不確実性を含む災害情報の効力を十分に引き出すためには、どの範囲の、どのような人々が事前避難すべきなのかについて検討するための客観的基準、適切な避難先及び避難方法に関する知見とノウハウが必要とされます。そこで、地震防災基盤シミュレータの津波シミュレーションをベースに、「逃げトレ」を用いた避難訓練を通して得られる空間移動データを活用して、事前避難の要不要について客観的に検討することができるWEBツール「逃げトレView」を開発し、その試行版を用いた実証実験を実施しました。また、津波到達時間が特に短い地域では、不確実性もふまえた避難可能なまちづくりを進めるため、「逃げ地図」を用いたワークショップを開催しました。
(3)発災時の企業の活動停止を防ぐ
新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)での社会経済活動の停滞と臨時情報発表時の社会の委縮に伴う地域経済活動停止との類似性の観点から、電力需要と平均気温との関連性を明らかにしました。また、COVID-19による社会活動の萎縮が、水配水量に出現していることを明らかにしました。これらにより、ライフラインなどの都市のリアルタイムモニタリングにより、臨時情報発表時における社会経済活動の萎縮や人々の生活様式変化を把握することが可能であると指摘しました。多様な発生形態に伴う社会様相について、対面ならびにオンラインでのワークショップ手法を構築し、さまざまな主体が参画して社会様相シナリオの構築に取り組んでいます。さらに、新型コロナウイルス感染症対策下においても関係機関が一堂に会して、南海トラフ地震臨時発表時の課題に関するワークショップを実施し、災害対応の図上演習シナリオ検討の場づくりを行っています。
(4)発災時の大都市機能の維持
大都市がひとたび大災害に襲われると、行政・メディア・金融など各主体における中枢管理機能の麻痺による負の波及効果は非常に大きいものと考えられます。都市機能を維持するにあたって高層ビルの継続使用は欠かせないことから、都市機能維持対策の検討のひとつとして、エレベータを対象に地震発生から災害の進行過程と復旧過程までをシミュレーションできる環境を構築し、大都市機能維持の観点から望ましい復旧オペレーション方針を検討しています。本プロジェクトで構築したエレベータ復旧シミュレーション手法に基づき、南海トラフ地震の多様性モデルを踏まえた強震動計算用震源断層モデルから特徴的なケースを選択したうえで、超高層建物の多い東京都の行政区における長周期地震動によるエレベータ被害を予測し、シミュレーションから得られた定量的な復旧予想時間を算出することで、最大限都市機能を継続させる復旧方針を分析しています。
サブ課題3では、地震発生の時空間的な多様性を持つとされている南海トラフ沿いの巨大地震に対して、南海トラフの地震の姿と将来を診るサブ課題1と、創成した防災情報基盤による総合的な防災対策を探るサブ課題2の研究成果を、地域や企業にどのようにそれぞれの防災課題に利活用頂くか、研究を進めています。内容は、地域の防災上の課題評価と情報発信検討会による成果と地域課題の共有、受け取った情報から適切な判断や行動につなげるための情報リテラシー向上の3つから構成されています。
(1)地域の防災上の課題評価
地震や津波のハザードマップが普及し、地域における想定される震度階や津波浸水域が可視化されるようになってきました。一方で、それらがもたらす情報が正しい被災イメージにつながっていない可能性もあります。この点を解決するために、より具体的な被災イメージにつながる取り組みを進めてきました。具体的な取り組みとして津波瓦礫評価と強震動による堤防変形評価を進めてきました。津波瓦礫評価については、建物倒壊判定を通して、瓦礫の漂流を評価する方法と東北地方太平洋沖地震時の津波の被害関数に基づいて瓦礫堆積物の厚さ分布を評価する方法の2つの方法を採用しています。それぞれ地域の緊急輸送道路やインフラの健全性の想定や、津波瓦礫が堆積するエリアでの火災のリスク、港湾内で漂流する瓦礫による海からのアクセスの困難さをイメージすることができます。この方法を尾鷲市で既に評価を行い、現在、延岡市での検討を進めています。強震動による堤防変形評価については、徳島県那賀川流域で短周期の最大振幅と長周期を含む波形を用いて再評価したところ、嵩上げと地盤改良による対策を実施すると健全性を確保できるものの、軟弱粘性土が共振によって乱され、地盤被害を拡大させる危険性があることがわかりました。粘性土層の適切なモデル化と地震動の長周期成分の考慮が必要であることを示しています。
(2)情報発信検討会による成果と地域課題の共有
サブ課題1とサブ課題2から提供される研究成果を踏まえて情報発信の在り方を探るために情報発信検討会を実施しています。同じ防災上の特性を持つ地域間で情報共有できるように、ハザード評価、複合災害対応、事業継続、人材育成の4つをテーマとしています。各自治体やインフラ企業、地方支分部局、地域の大学等、地域防災を支える方々と協力体制を構築しながら、年2回開催してきました。研究成果だけではなく、それぞれの地域で検討している内容を、広く様々な地域の方々にも共有して頂き、状況に応じた防災対策への取り組みを進めて頂こうと考えています。サブ課題1とサブ課題2からの成果に基づき地殻活動を逐次モニタリングして、情報を地域と共有できるクラウドシステムも構築しました。まだまだ発展途上ですが、今後、サブ課題1から提供される地殻活動の逐次変化と推移予測、サブ課題2から提供されるハザード情報やリスク情報を重ね合わせ、各地域で地震や津波のリスクを把握でき、研究の進捗に応じて発信内容も更新される形を目指しています。
(3)情報リテラシー向上
サブ課題3では、発信する情報が正しく伝わるように、災害前、災害時ならびに災害後のそれぞれの状況下で正しい行動を促すことを目的として、情報リテラシーの向上にも取り組んでいます。基本的な設問は、居住地域や職種、職場地域、年代、環境を共通で問う事項として、知識(地震、津波、リスク、災害史、ハザードマップ)、備え(避難準備、事前準備、備えの意識)、行動(積極性、人に頼る力、グローカル指向)、未来志向(地域愛、楽観性、地元志向)、経験(被災経験、訓練、コミュニケーション、社会性、統率)、情報リテラシー(情報収集、情報への信頼性の意識)、臨時情報(臨時情報への理解、自らの行動への意識)、判断力(地震・津波規模の把握、被害の即時イメージ、避難行動への即時性)から構成されていて、地域の防災部局の方のご協力のもとアンケートにお答え頂いています。香川県、高知県、宮崎県で進めており、リテラシーの向上に向けて進めていきます。
(広報誌「地震本部ニュース」令和5年(2023年)春号)
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