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  1. 地震・津波の提供情報
  2. コラム
  3. 首都圏を中心としたレジリエンス総合力向上プロジェクト

(広報誌「地震本部ニュース」令和4年(2022年)冬号)

 都市機能と人口が集中する首都圏においては、首都直下地震の切迫性が指摘されており、経済被害推定額が約95兆円に上ると想定されているほか、地震時には延焼火災が広範囲に生じ、死者は2万人に達するとされているなど、地震被害を含めた様々な災害等への対策が、重要かつ喫緊の課題となっています。

 この課題に対応するため、国立研究開発法人防災科学技術研究所(防災科研)は、文部科学省の補助事業である「首都圏を中心としたレジリエンス総合力向上プロジェクト」を、平成29年度から5年間実施しました。

 首都直下地震による被害を軽減し、速やかな復旧・復興を可能とするレジリエントな社会を創るためには、オールジャパンの体制を構築していくことが不可欠であり、これまでの学や官における取組に加え、企業やNPO等の民間団体と連携協力し、様々なニーズやシーズを取り入れて研究開発を進めていくことが不可欠です。

 これまで国は、緊急地震速報等のための基盤的な観測網を整備し、政府主導のもと高度なデータ利用を行ってきましたが、政府の地震観測網は約20㎞間隔の観測点が設置されているため、より詳細な被害推定を行うためには限界があります。その一方で、様々な企業や組織が地震データを自ら計測しIoT技術と合わせてそれぞれのBCP(事業継続計画)、BCM(事業継続マネジメント)に活かす取組を開始していることから、官民連携で新しい超高密度地震観測網を構築したり、関連するデータを相互に利活用でるようにしたりすることで、従来にない情報価値が生まれ、イノベーションの創出につながると考えられます。

 地震は地下で起きますが、災害は人の住んでいる地表、建物の中で発生します。そこで、これまでの災害対応における課題を多角的にとらえ、シミュレーション等の基となる地震観測網等から得られる揺れの状況が、地下から地表、建物、人々へどう影響し、対応が求められるかを明らかにする必要があります。その過程で、予測力・予防力・対応力が向上し、その総体としてのレジリエンスを高めることにつながります。

 本プロジェクトの推進に当たっては、防災科研が有する、又は管理・利用する研究開発基盤(施設・設備・リソース等)を活用した大学等との連携方策等について提案を募り、オールジャパンによる研究推進体制を構築し、研究開発成果の最大化を図るために、3つの学術分野のサブプロジェクトと、産官学民で構成されるデータ利活用協議会(「デ活」)を構成したことが特徴です。サブプロジェクトは、学際的な研究を通じて、(a)社会の対応力の向上(社会科学)、(b)予測力の向上(理学(地震学))、(c)予防力の向上(工学(耐震工学))に貢献し、安全・安心を確保してレジリエントな社会を構築する手法を開発すること、さらに、産官学民が保有するデータを統合的に利活用し、新知見を生み出す仕組みとして「データ利活用協議会」を組織し、その運用を通じた研究開発・社会実証を行うことを目標としました。

 サブプロジェクト(a)は、甚大な被害が想定される地震災害に対する被害軽減力、迅速な復旧・復興を実現するための事業継続能力を高め、都市の災害に対するレジリエンスを向上させるために、「都市災害における災害対応能力の向上」、「早期復旧・復興のための都市機能を支える事業継続能力の実現」を目指し、「被害軽減に役立つデータ利活用を実現する産官学連携協議会の構築」と「データを活用した都市機能の早期復旧・復興を実現する技術的課題の抽出」を担当しました。また他サブプロジェクトにおいて収集・生成・蓄積されたデータや研究成果の統合・利活用を視野に入れた連携体制を統括しました。

 本サブプロジェクトでは、過去災害の実績値を活用した被害関数・復旧関数の構築により実績値に基づくモデル構築を進め、被害想定・復旧想定を実施し災害への暴露量に基づく想定手法の活用により想定シナリオの構築を進め、災害実態の推定を行う手法を開発しリアル情報の補足により推定を進め、被災自治体における研究支援活動の展開により、実災害の被害把握を進めました。これらの一連のフローを企業・団体において実現するための体制と方法論の検討を実施しました。

 サブプロジェクト(b)は、首都圏における地震被害の即時予測の高度化・高解像度化に貢献し、発災時の初動対応等に重要な情報を提供可能にするために、首都圏地震観測網(MeSO-net)による高密度の地震観測データの安定的な収集、より高密度の地震観測を実現するための観測技術の開発、多種大量の揺れ観測データを統合して活用可能にするための技術開発、将来の首都圏における地震被害の評価に貢献するための過去・現在の詳細な地震像に基づいた地震活動及び揺れの予測手法の開発を担当しました。

 MeSO-netによる地震観測データの収集については、安定的な運用を実施し、一般へのデータ公開を行うなどにより、データ活用の進展に寄与しました。

 MeSO-netに加え、防災科研が運用する地震観測網、また、民間企業が運用する地震計やコンビニエンスストアに設置した小型地震計による観測データを統合し、首都圏における高精度の地震動情報の生成を可能にするマルチデータインテグレーションシステムの開発を進めるとともに、試験配信を実施しました。

 また、統合した観測データを用いて首都圏の地下におけるプレートの影響を調査するとともに、プレートの厚さの分布を解析することによって、フィリピン海プレートの薄い領域が大正関東地震の震源域の広がりと対応していることが示されました。

 サブプロジェクト(c)は、センシングデータに基づく迅速な継続使用可否・機能損失度・崩壊余裕度判定に有用なデータを整備して、地震直後の首都圏の機能ロスを最小限に抑制し、その後の速やかな復旧・復興に寄与することを目的として、建築構造分野の研究者を中心に組織された研究グループが、使用継続・事業継続にも影響する非構造部材の被災状況までも考慮に入れた、崩壊余裕度即時判定あるいは継続使用可否の即時判定を行うためのデータを収集・整備し、それらのデータを活用した余裕度判定の方法・枠組みの構築を担当しました。

 主要な建築構造形式となる木造住宅、鉄筋コンクリート造(RC造)防災拠点建物、鉄骨造構造(S造)医療施設の実大実物試験体を対象にした加振実験を行い、判定法の構築を行いました。

 木造住宅については、首都圏住宅密集地域にみられる狭小3階建て住宅を想定した耐震住宅と免震住宅で、ガス管や水道管、風呂、キッチン等の設備を完全に再現した上で、住宅の揺れのデータを収集しました。

 これにより、高性能免震住宅の開発やその有効性の検証等も行ったほか、一般的な耐震住宅の損傷評価の解析的検証の一つとして、建物の二階床面の揺れの加速度記録から、地震時の建物変形を推定する手法の開発を行いました。

 鉄筋コンクリート造(RC造)防災拠点建物については、災害拠点建物として使用される行政庁舎を想定した試験体として、設備や非構造部材を組み込んだ鉄筋コンクリート造の構造躯体を再現し、大地震による建物被災度を判定するだけでなく、建物の崩壊余裕度や継続使用の可否などを即座に判定するため、余震に対する評価手法の開発を行いました。

 鉄骨造構造(S造)医療施設については、病院施設を想定した試験体として、3階建ての免震診療棟と4階建ての耐震病棟を渡り廊下で繋いだ建物をE-ディフェンスに建設し、実際の設備を多数設置して振動実験を行うとともに、医療関係者と共同で、病院の防災計画策定や病院の機能喪失要因特定と対策に向けた活動を実施しました。

 また、室内空間における機能維持性能の検証を目的として、博物館や居室といった多種多様な室内空間を模擬した室内空間再現ユニットを作り、様々な地震動を再現できるE-ディフェンスの特徴を活かして室内空間被害と機能継続性の検討を行ったほか、センサデータの収集・整備のため、費用面の優位性から今後普及が見込まれる無線センサと開発した層間変位センサを用いて、建物がどの程度揺れるかを概ね推測できる応答スペクトルの開発を行いました。

 本プロジェクトでは、研究開発・社会実証を行うことを目標として、産官学民が保有するデータを統合的に利活用し、新知見を生み出す仕組みとしてデータ利活用協議会(「デ活」)を組織し、『学』による災害・防災対策分野における企業・組織の課題解決に活用できる研究成果の提供、『産』による課題解決に貢献できる情報やデータの提供、『官』による課題解決のための場や情報を提供、『民』による圏域のニーズに係る情報の提供を行い、産学官民が連携して地域・組織の強みをさらに向上させ、災害時にも確実な事業継続につながるソリューションの創造を図りました。

 新知見を生み出すため、各サブプロジェクトの研究成果や知見を組み合わせたフィールドワーク、貸与されたデータの整理・分析・検証を通じて、データに新たな価値の付与を分野横断型で進めました。そのためには、広くレジリエンスの向上に関心のある一般も巻き込むオープン戦略と、特定の組織・団体と深堀りを行うセミオープン戦略の両側面からアプローチを試みました。

 オープン戦略としては、毎年度4回程度の公開イベントを通じて、データ利活用に対する意識の醸成や手本となり得る優れた取組や、レジリエンス力を高めていくための研究開発の動向や成果等を情報発信して、参加者とともに議論することにより、関心層の裾野を広げつつ、協働のコア層の発掘を図りました。その一つが「デ活シンポジウム」であり、防災・減災に関心のある多種多様な組織・団体が集い、時流に沿ったトピックを取り入れつつ、レジリエンス力の向上に向けたデータ利活用に関して、主体的に推進する側の様々な仕掛けや、それをどのように利用して自組織の役に立てるかというユースケース等を共有し、ニーズとシーズをマッチングさせる場として位置づけたものです。「デ活」会員の入会促進や、プロジェクト成果に対するフィードバックを獲得できるよう運営しました。また、デ活を含む首都圏を中心としたレジリエンス総合力向上プロジェクトの各種研究活動による成果の発信を通じた社会還元を行うためにウェブサイトを構築・運営することにより情報発信に努めました。

 セミオープン戦略としては、「デ活」に設置した8つの分科会の活動内容に各組織・団体の秘匿情報を関係者限りで議論することも含まれていたことから、基本的にはクローズドとしつつ開示できる部分をシンポジウムで共有するなどセミオープンと言える方式で行いました。また、具体的なデータを扱う際には覚書を締結するなど、守秘義務に配慮し進めました。

 初年度に「デ活」を立ち上げて以降、当初は入会に所属元の承諾を得る仕組みをとっていたことからやや時間を要しましたが、2年目に一定数の参画となったことから理事会を設立し、運営体制を整えました。その後も人組織会員・個人会員ともに拡大していきました。

 「デ活」が発展してきたことから、3年目に、テーマごとに深い議論を行うワーキンググループを発展させ、分科会を順次設立していきました。分科会では、参加者に秘密保持を求めて、参画する組織・団体が保有する機微な情報についても非公開での議論を行いました。最終的には以下の8分科会を設置し、年間4~8回程度、会議や実証実験により会合が持たれ、密な連携が図られました。

(ⅰ) 早期被害把握分科会:災害時の民間による戦略的な顧客対応

(ⅱ) 集合住宅分科会:集合住宅による効果的な災害対応の実現

(ⅲ) 生活再建分科会:行政力による早期生活再建の実現

(ⅳ) 行政課題分科会:科学的根拠シナリオによる訓練実施

(ⅴ) 建物付帯設備分科会:感震ブレーカーの普及による火災の軽減

(ⅵ) IoT技術活用分科会:IoT収集データによる災害状況の把握

(ⅶ) インフラ分科会:インフラ被害状況の集約と復旧状況の共有

(ⅷ) 大規模集客施設分科会:情報把握と機能継続、BCP対応構築

 本プロジェクトは、産官学民の連携により、3つの学術的な研究分野と企業・行政組織、非営利団体等の民間組織の防災へのニーズを融合する試みが徐々に地域のステークホルダーに受け入れられ、社会を取り巻く状況の変化がある中で、先駆的な取組として布石を投じることができたと考えられます。また、首都圏での地震災害を主たる対象として具体的な防災対応に結びつける研究を推進し、予測・予防、応急対応、復旧・復興の各過程において科学的な知見に基づいた意思決定や合意形成の具体事例を提示しました。さらに、シンポジウムを中心として、民間データの利活用について協議・検討を進めることができました。

【文責】佐藤 俊介(さとう しゅんすけ) 国立研究開発法人防災科学技術研究所 企画部企画課長。

(広報誌「地震本部ニュース」令和4年(2022年)冬号)

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