パソコン版のウェブサイトを表示中です。

スマートフォン版を表示する

  1. 地震・津波の提供情報
  2. コラム
  3. 2020年度日本地震学会若手学術奨励賞受賞 巨大地震発生機構の理解と予測可能性に関する地震発生サイクルシミュレーション研究

(広報誌「地震本部ニュース」令和3年(2021年)冬号)

 日本列島は陸側プレート下へと海側プレートが沈み込むプレート収束帯に位置し、プレート境界で繰り返し起こる巨大地震に遭遇してきました。例えば西南日本の南海トラフ沿いでは昭和東南海・昭和南海地震を含む巨大地震が90年〜150年間隔で発生し、今後数十年間で次の巨大地震の発生が危惧されています。近年GNSS等地殻変動観測技術の発達によって、地震よりも遥かに遅い速度ですべるスロースリップ(以下「SSE」という)が観測されるなど、プレート境界で多様なすべり現象が密に分布している様子が明らかになってきています。巨大地震を含む、これらすべり現象がどのように影響を及ぼしあっているのかを調べることは、巨大地震の発生予測に繋がる可能性があります。

 しかしながら近代的観測データがあるのは直近の数十年のみで、巨大地震の繰り返し間隔に対してとても短い期間の情報しかありません。そこでその穴を埋め、また現在の観測事実に物理的な解釈を与えるものとして、計算機でプレート境界面のすべりの時空間発展を模擬するシミュレーションが役立つと期待されます。計算機中でプレート境界断層を設定し、プレート運動を駆動力として、室内実験から得られた摩擦構成則である速度状態依存摩擦方程式に基づき断層面上のすべりをシミュレートする、地震発生サイクルシミュレーション(以下「ECS」という)です(図1)。本稿では、私がこれまでに巨大地震発生機構の理解及び予測可能性の検討を目指して行ってきたECS研究について紹介します。

 ECSでは比較的計算量の小さな境界積分方程式法を用い、慣性の項を近似した計算がよく行われます。断層を離散化した小断層数Nに対してその計算量はO(N²)であり、実際の巨大地震を想定してECSを実施するには負荷が高く、あまり大きなNの計算はできませんでした。そこで H行列法[Hackbush, 1999]と呼ばれる密行列圧縮手法を適用したところ、計算量をO(N²)からO(NlogN)に抑えることができました[Ohtani et al., 2011]。これまで京コンピュータ等の特別な計算機を用いて行っていた規模の計算を大学の大型汎用機で行えるようになり、現在本手法はECS研究で広く使われるようになっています。

 H行列法を用いて、東北地方太平洋沖地震について実施したECSでは、M9巨大地震に加えて、巨大地震震源域内で過去に繰り返し観測されていたM7級の地震を同時に扱うことができました。結果からは、巨大地震後その震源域全体がプレート間固着し、時間の経過と共に深い側からプレート間固着が次第に剥がれていき、それに伴ってM7地震が数十年間隔で繰り返すようになる様子が見られました(図2)[Ohtani et al., 2014]。また本結果では800年超の巨大地震サイクルの後半に福島沖でSSEが繰り返し見られました。GNSS観測からも巨大地震発生の数年前に同様の現象が見つかっていますが、本結果はそれが巨大地震の直前だけでなく複数回起きている可能性を示唆します。

 1946年昭和南海地震では、地震発生の数日〜半日前に、潮位や井戸水位の変化が記録されており、この変化は地震発生域より深部の脆性-延性遷移域で起きた速くて大きな前駆的なすべりによって説明される可能性があります[Linde and Sacks, 2002]。世界で起きる殆どの巨大地震はこのように顕著な前駆的なすべりは伴っていませんが、1854年安政南海地震時にも同様の記録があり、南海トラフ沿いはたまたまそういう場所なのかもしれません。これをSSEだと解釈するとして、ではこのような早くて大きなSSEが起きたとき、地震発生域では必ず地震が誘発されるでしょうか?

 この問題を、ECSを用いて、浅部巨大地震と深部大SSEの両者が自発的に発生するモデルを構築して考えてみました[Ohtani et al., 2019a]。構築したモデル内で網羅的に調べたところ、結果は大SSEが連続的に巨大地震に発展する場合(図3)、大SSE発生後一旦減速するものの終わる前に巨大地震が誘発される場合、そして大SSEを伴わずに巨大地震が単独で発生する場合等のケースが現れました。

 これらの結果から、直近の大SSEから地震発生までの時間の統計をとると、巨大地震の発生確率はSSE発生直後に高く、数日経った後はSSEの影響のない通常の値に戻るという結果になりました。これは様々な仮定に基づいた結果であり直接現実に当て嵌めることはできませんが、本研究は物理モデルに依拠した地震発生予測の方法を考えてみたものとなっています。

 南海トラフ沿い地震発生域の深部では、継続時間が数ヶ月〜1年程度のSSEが繰り返し発生し、豊後水道ではかなり周期的に起こっています。Ohtani et al. (2019b)ではシンプルな一自由度モデルから、一定の周期で発生するSSEの影響下では地震の発生周期がSSE周期に同期するという予期せぬ結果を見出しました。このような現象は同期現象と呼ばれ、自然界で広く観察されています。面白いのは、周期は同期しても地震の発生タイミングは必ずしもSSEと一致しないところで、地震は一見SSEの影響を受けていないようでも、周期としてその影響を受けているのです。今後このような現象が実際に地震に関して起きていないか調べると何か新しい発見があるかもしれません。

 すべりが相互に影響し合う様子は複雑で、実際にECSで計算してみると、思いもかけないような結果が得られることもよくあります。観測される地震現象を調べるのに、ECSを用いてその背後の物理メカニズムを探ることは重要であり、今後ECSの更なる高度化や事例研究を通して、この問題に取り組んでいく必要があると考えています。

[引用文献]

Hackbusch, W. (1999). Computing, 62(2), 89-108.

Linde, A. T. and Sacks, I. S. (2002). Earth and Planetary Science Letters, 203(1), 265-275.

Ohtani, M., Hirahara, K., Takahashi, Y., Hori, T., Hyodo, M., Nakashima, H., & Iwashita, T. (2011). Procedia Computer Science, 4, 1456-1465.

Ohtani, M., Hirahara, K., Hori, T., & Hyodo, M. (2014). Geophysical Research Letters, 41(6), 1899-1906.

Ohtani, M., Kame, N., & Nakatani, M. (2019a). Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 124(2), 1822-1837.

Ohtani, M., Hirahara, K., Hori, T., & Hyodo, M. (2019b). Geophysical Research Letters, 41(6), 1899-1906.

(広報誌「地震本部ニュース」令和3年(2021年)冬号)

このページの上部へ戻る

スマートフォン版を表示中です。

PC版のウェブサイトを表示する

パソコン版のウェブサイトを表示中です。

スマートフォン版を表示する