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(広報誌「地震本部ニュース」令和3年(2021年)冬号)
近年の地震観測網の充実によってもたらされた大量の観測データは、地震学・地震工学の発展に大きく貢献してきました。しかしながら限られた資源で観測している以上、複雑な自然現象の全てをとらえることは不可能です。つまり地震データは本質的に不完全であり、そのようなデータに基づく解析および予測には自ずと限界が生じます。大地震直後の地震活動の推移およびそれに伴う揺れの予測はその一つの例と言えます。現状では、地震観測でとらえられた地震の発生状況を踏まえつつ、過去事例などに基づく見通し情報が地震発生直後から発表されています。地震活動の継続期間や空間的な推移、想定される地震によって発生しうる強い揺れなど、より踏み込んだ見通し情報を大地震発生直後から科学的根拠に基づいて提供していく形が望ましいですが、現状ではそこまで達していません。そこで本研究課題では、情報科学の知見を地震観測データおよび地震学・地震工学のドメイン知と組み合わせることによって、地震データの不完全性を打破する形で大地震直後の地震活動およびそれに伴う揺れの準リアルタイム時空間予測を実現することを目指します。
上記の目的を達成するために、本研究課題では1) 地震活動の準リアルタイム予測と2) 過去データの機械学習に基づく新たな地震動予測に関する研究開発を行うとともに、それらをつなげた予測アプローチの確立に向けた研究を行います(図1)。
1) におけるハードルは大地震直後の地震カタログが不完全であることです。これまでは、「いつ」、「どこで」、「どれくらいの大きさの」地震が生じたかを記載した地震カタログに統計処理を施し、その傾向を分析することによって大地震直後の地震活動推移の予測が試みられてきました。しかしながら大地震の直後は、平穏時には検知できる小さな地震の揺れが他の地震による揺れに埋没することで検知できなくなるなどの理由により、地震カタログの質および量が著しく低下します。大地震直後の地震活動の予測は防災上の重要性・社会的な要望が極めて高いものであり、震源カタログの不完全性や統計モデルの妥当性評価を考慮した予測技術の確立が必要です。我々は大地震直後の地震カタログが不完全であることを前提としつつ将来の地震活動を準リアルタイムで予測することを実現するために、統計学の知見を活用した二つの異なるアプローチで研究を進めます。まず刻々と得られた地震カタログにベイズ理論を適用することで、大地震直後の検知率低下といった地震カタログの不完全性を考慮した予測アプローチの高度化を行います(1-A)。また不完全な地震カタログではなく、地震動データそのものの特徴量に極値統計を適用することで将来に発生しうる揺れの強さを予測する手法を開発します(1-B、図2)。さらに、これまで行われてきた一定域内での時間推移の予測だけでなく、地震活動の空間的な予測にも取り組みます。
2) で取り組む地震による揺れの予測においては、利用可能な地震動データを回帰分析した予測式を用いて、震度などの地震動指標の空間分布を計算することがよく行われてきました。しかしながら今までのやり方では利用可能な地震動データが実際には不完全であることを加味できていません。つまり地震観測網は空間的に疎であり、個々の観測地点でのみ得られた観測データに基づいて予測器が作られているにも関わらず、その予測器によって観測地点ではない場所も含めた予測が行われています。これはデータと予測対象の性質が異なる場合には危険であり、データの過学習による予測の偏りや、予測の安定性を優先するために予測器の機能制限といった問題が生じえます。こうした問題に対する一つの解決策として、多数のデータが存在する観測点で精緻に予測した揺れを空間補間することによって詳細かつ高精度な面的地震動分布を得るというアプローチが考えられ、我々はこのようなアプローチの実現を観測データの機械学習に基づく形で目指します。まずガウス過程回帰モデルを用いることで物理的手法と情報学的手法を統合したデータ同化手法を開発し、精緻な空間補間技術の確立に取り組みます(2-A、図3)。
さらに個別地点における過去記録を深層学習することによって、その地点に特化した地震動情報を生成するSite specificな地震動生成技術を開発します(2-B)。また震度のような単一の地震動指標だけにとどまらず、スペクトル情報や地震波形そのものまでをターゲットとした予測技術の開発にも挑戦します。
本研究課題は防災科学技術研究所と山梨大学に所属する地震学・地震工学の研究者が中心となり、統計学や機械学習などの情報科学分野の研究協力者・テクニカルアドバイザーにご協力いただきながら進めています。若手中心の実施体制となっており、統計学や機械学習などの最新の知見を吸収しつつ、様々なことに果敢に挑戦していきたいと思います。
(広報誌「地震本部ニュース」令和3年(2021年)冬号)
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