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(広報誌「地震本部ニュース」令和3年(2021年)夏号)
2011年東北地方太平洋沖地震(マグニチュードMw9.0、以下、「東北沖地震」という)の巨大な断層すべり域は、地震・測地観測データ解析から、日本海溝中部(宮城県沖)の海溝近くのプレート境界の浅い部分に推定されています。海底堆積物の調査などからは、過去にも同地域を震源とした同規模の地震があったことが明らかになってきています。一方、日本海溝南部(福島県沖)の海溝近くの浅い部分では、東北沖地震直後から、余効すべりというゆっくりとした変動が発生しています[Iinuma et al., 2016]。海底地殻変動観測データは、余効すべりが、東北沖地震から約7年経過した時点においてもなお継続していることを示唆しています [本荘他, 2021]。また、低周波微動や超低周波地震など、スロー地震と呼ばれる現象も、余効すべり域とほぼ同じエリアで発生していることが知られています。重力観測の結果は、大すべり域の南限にあたる福島県沖を境に、残差重力異常が大きく変化し[Bassett et al., 2016]、中部で正、南部で負の値をとる地域が広がっていることを示しています(図1)。海底下構造探査によって得られている地震波速度構造 [Tsuru et al., 2002; Miura et al., 2003; 2005]からは、福島県沖のプレート境界にそって、地震波速度が遅くて柔らかい、チャンネル層と呼ばれる厚い堆積層が分布していることが示されています(図2,図3(a))。このように、日本海溝では、地震学・測地学・海洋地球物理学・地質学などの異なる観測データから、中部と南部では、断層すべりだけでなく、海底下の地震波速度・密度構造の特徴も大きく変化していることがわかっています。
このような違いがどのようなメカニズムに起因するのか、東北沖地震の巨大すべりがなぜ中部のみで発生したか、は不明でした。そこで、我々の研究グループでは、なぜ東北沖地震の大すべりが南部へ広がらなかったかを明らかにするために、プレート境界のチャンネル層に着目して2つの解析を行いました [Nakata et al., 2021]。1つは、チャンネル層と負の残差重力異常を示す領域との空間的な重なり、および中部と南部での地震波速度構造の違いを考慮したプレート境界面近くの密度構造モデルの構築です。もう1つは、チャンネル層の有無による摩擦特性の変化を仮定した断層すべりの数値シミュレーションです。
日本海溝中部と南部で、P波速度構造に明らかな違いがみられる深さ範囲と、その速度差を参考に、速度構造モデル(図2)と矛盾しないような密度構造モデルを構築しました。チャンネル層とは、堆積物からなる層で、海山を載せた海洋プレートの沈み込みに伴う侵食作用によって、プレート境界面上に形成されたと考えられています。チャンネル層が周囲の地殻よりも低密度であることを考慮して、南部のプレート境界浅部に厚さ1kmの低密度層を仮定した2次元の構造モデルを用いて重力異常の計算を行ったところ、東北沖地震の震源域である日本海溝中部と余効すべりが卓越する南部の間でみられる重力異常の相違が説明できることが示されました。
チャンネル層の内部では、様々な変形が生じていると考えられており、非地震性すべりを起こしやすい性質を持つとされています。そこで、チャンネル層の有無に起因する中部と南部での断層すべりに関する摩擦特性の違いをモデル化して、速度・状態依存摩擦則を用いた地震発生サイクルの数値シミュレーションを実施しました。日本海溝での構造探査にもとづいて設定された3次元のプレート境界面を約12.7万要素に細かく離散化した上で、海溝近くの浅い部分を北部・中部・南部の3つの領域に分割し、それぞれに異なる摩擦特性を仮定しました。中部は東北沖地震の大すべり域とほぼ同じエリア、南部は厚いチャンネル層が分布するエリアです。特徴的すべり量(摩擦パラメタの一種で、大きいとゆっくりすべり、小さいと地震性の高速すべりを起こしやすい特性になる)と呼ばれる摩擦パラメタの値を、中部よりも南部で大きめに仮定した摩擦モデル(図4(a))を用いて、約5000年間にわたる大規模計算を実施したところ、日本海溝中部の海溝近くでM8.9-9.1の巨大地震が約540-770年という長い繰り返し間隔で発生し(図3(b):赤線,図4(b):暖色部)、南部の海溝近くで余効すべりが10年以上継続する(図3(b):青線,図4(b):青線)という、地球物理観測・地質学調査の結果が示す特徴を再現することができました。
これらの結果は、日本海溝南部のプレート境界面沿いの海溝近く(沈み込んでから100 km程度)に分布するチャンネル層が巨大地震の発生を抑制し、非地震性すべりが起こりやすい原因となっていることを示唆しています。つまり、プレート境界面沿いのチャンネル層の存在が、2011年東北沖地震の大規模なすべりが南部へ拡大するのを妨げたと考えられます。従って、今後も、日本海溝南部の海溝近くが東北沖地震のような巨大地震の震源域になる可能性は低いと言えます。チャンネル層の形成には沈み込む海山が関与すると考えられるため、日本海溝だけでなく、世界各地の海山が沈み込んでいるような地域でも、巨大地震は起こりにくいと言えるかもしれません。
現在は、日本海溝北部の三陸沖を対象として、2011年東北沖地震や1896年明治三陸地震による断層すべり分布などの観測事実を再現する地震発生サイクルシミュレーションモデルの構築を進めています。これらの研究成果は、日本海溝全域におけるひずみ解消過程の理解につながると期待されます。
【謝辞】
本研究の一部は、JSPS科研費Grant Number JP19H05596、JP19H00708、JP26000002、文部科学省による委託業務「南海トラフ広域地震防災研究プロジェクト」の助成を受けて実施されたものです。本研究のシミュレーション結果は、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を利用して得られたものです。
【引用文献】
Bassett, D., D. T. Sandwell, Y. Fialko, & A. B. Watts, Upper-plate controls on co-seismic slip in the 2011 magnitude 9.0 Tohoku-Oki earthquake, Nature, 531, 92–96 (2016).
本荘千枝・木戸元之・富田史章・日野亮太,2011年東北地方太平洋沖地震後の海底上下動分布と三陸沖海溝軸近傍の隆起傾向,日本地球惑星科学連合2021年大会,SCG54-P03 (2021).
Iinuma, T. et al., Coseismic slip distribution of the 2011 off the Pacific Coast of Tohoku Earthquake (M9.0) refined by means of seafloor geodetic data, J. Geophys. Res., 117, B07409 (2012).
Iinuma, T. et al., Seafloor observations indicate spatial separation of coseismic and postseismic slips in the 2011 Tohoku earthquake, Nat. Comms., 7, 13506 (2016).
Miura, S. et al., Structural characteristics controlling the seismicity of southern Japan Trench fore-arc region, revealed by ocean bottom seismographic data, Tectonophys., 363, 79–102 (2003).
Miura, S. et al., Structural characteristics off Miyagi forearc region, the Japan Trench seismogenic zone, deduced from a wide-angle reflection and refraction study, Tectonophys., 407, 165–188 (2005).
Nakata, R., T. Hori, S. Miura, & R. Hino, Presence of interplate channel layer controls of slip during and after the 2011 Tohoku-Oki earthquake through the frictional characteristics, Sci. Rep., 11, 6480 (2021).
Tsuru, T., et al., Along-arc structural variation of the plate boundary at the Japan Trench margin: Implication of interplate coupling., J. Geophys. Res., 107(B12), 2357 (2002).
(広報誌「地震本部ニュース」令和3年(2021年)夏号)
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