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(広報誌「地震本部ニュース」令和3年(2021年)春号)
地震本部において、令和元年度に第3期総合基本施策が取りまとめられ、今後10年程度の地震調査研究の方向性が示されました。また、今月で東北地方太平洋沖地震から10年という節目に当たることから、これを機に、地震分野の次世代を担う方々に語っていただきました。
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中村(座長):本日は、お忙しいところ、お集まりいただきまして、ありがとうございます。本日の座談会は、東北地方太平洋沖地震発生時のエピソードやこれまでの取り組み等、当時感じたことや、今後に向けた取り組み等をお聞かせいただけたらと思います。
㓛刀:地震発生時は、つくばエクスプレスに乗車中で南流山駅に緊急停車しました。急遽、タクシーを利用し20時過ぎにはつくばに戻れましたが、職場には退避指示が出されており何もできませんでした。
翌日に停電が解消されシステム復旧作業を開始しましたが、安定した電力供給に懸念があるためサーバをすべて起動させることを見あわせ、冗長系の片系のみで行う等の綱渡り的な運用でした。強震観測網の初回のデータ公開は3月15日(地震当日受信分のみの385点)で、最終的には1,226点のデータを公開しました。データ回収率は99.8%(2地点でデータ喪失)でしたが、超巨大地震の姿を明らかにする貴重なデータセットと評価されています。また、アクセス集中のため「強震モニタ」が閲覧しづらい事象が発生し、対応のためシステム増強を行うことにもなりました。地震後の10年間で、強震観測網への期待が急速に高まったと感じています。
S-net整備では、海域における強震観測網の実現という観点で関わりました。S-netの加速度計データが、当初の計画通り気象庁の緊急地震速報に利用されることになり、安堵しているところです。
中村:この10年間で強震モニタのシステム増強や、特に海底での観測網が大きく充実してきましたね。観測網の充実は実際に気象庁における情報発表にも大きくかかわっておりますが、気象庁におかれましては、この10年どのような取り組みを進めているのでしょうか。丹下さん自身の地震発生時のエピソードも含め、お願いいたします。
丹下:地震発生時は、仙台管区気象台の地震現業室で地震の検測をしていました。突如、地震発生を知らせる音声報知と一般向け緊急地震速報を発信したというアナウンスが聞こえ、ほどなくして大きな横揺れがしばらく続き、庁舎の電源が発動発電機に切り替わりました。庁舎が免震構造だったおかげで、机の上や棚等から物が落ちたり散乱することはありませんでしたが、入ってくるデータ(震源要素・震度等)が尋常ではなく、現実のものとは思えないような状況でした。
気象庁が震災後の10年で行ってきた主な取り組みとして、「津波警報の改善」と「緊急地震速報の改善」があります。
まず、「津波警報の改善」について紹介します。気象庁は、地震に伴う津波が予測される場合、地震発生後3分程度を目途に津波警報等を発表しますが、マグニチュード8を超えるような巨大地震では、適切な地震の規模をすぐに把握できないため、当時、マグニチュードを小さく見積もり、津波警報における予想される津波の高さが過小となりました。このことを踏まえ、気象庁では、津波からの避難行動に支障が生じることのないよう、マグニチュード8を超えるような巨大地震が発生した可能性がある場合には、その海域における最大級の津波を想定し、津波警報等の第1報では「巨大」や「高い」等の定性的な表現を用いて避難を促し、その後地震の規模が精度良く求められた時点で、予想される津波の高さを数値で発表することとするなどの見直しを行い、平成25年3月から運用を開始しました。
次に、「緊急地震速報の改善」について紹介します。東北地方太平洋沖地震では、宮城県栗原市で震度7を観測したほか、東日本を中心に北海道から九州地方にかけての広い範囲で震度6強~1を観測しました。気象庁では、地震発生直後直ちに緊急地震速報を発表しましたが、マグニチュードを小さく見積もっていたため、実際よりも狭い範囲にしか強い揺れを予想できませんでした。また、その後、非常に活発な地震活動により同時に複数の地震が発生した際、複数の地震の適切な識別及び規模の推定が行えず、震度を過大に予測して発表する事例がありました。これらのことを踏まえ、気象庁では、緊急地震速報の技術的な改善に取り組み、同時に複数の地震が発生した際にも精度良く震源を推定できる手法(IPF法、平成28年12月)や、巨大地震の際にも精度良く震度予想ができる手法(PLUM法・平成30年3月:周辺の揺れの観測値から震度を予想する手法)を導入し、緊急地震速報の精度向上を図りました。
中村:ありがとうございます。気象庁が取り組まれた観測網の充実や情報の更生充実など、これらの実現のためには、東北地方太平洋沖地震を踏まえた、基礎研究がかなり進んできたという背景もあるかと思います。
私自身も、地震発生時は仙台市の自宅に居りまして、2008年に発生した岩手・宮城内陸地震などと比較しても、はるかに強く長い揺れに、普通ではない地震が起きたことを直感しました。地元の港町をはじめ、見慣れた東北の沿岸部が軒並み津波に襲われているのを目の当たりにし、地震津波防災に関わるような仕事に就きたいと思った次第です。実際に防災に役立てたいという思いとともに、そもそも地震や津波はどのようにして発生するのか?どうしたら被害を軽減できるのか?このような思いを常に持ち続けてきました。ここで研究現場の視点からアナワットさん、お願いいたします。
アナワット:地震発生当時は、青葉山キャンパスにおいて、研究員として津波の解析を行いつつ、また、タイ大使館とのやりとりをして、後輩たちの安否確認情報などの連絡も行っていました。津波の痕跡調査として、警報が解除された3月13日頃だったと思いますが、気仙沼、南三陸、東松島、名取、亘理等にて津波痕跡調査等を行いました。私自身が土木専門なので、津波の遡上浸水による人・建物等との関係に対する研究に興味を持っていましたが、これまでは、かなり建物等の被害が発生していても、被災データのサンプル数や調査員の人数が少なくあまり研究が進みませんでした。ところが、今回の震災で建物の被害状況や構造、用途、建築年代などの多数のデータを得ることができ、それを基に、被害の特徴や関連性について研究を行い、日本のデータを使って、海外の津波リスク評価についても研究をしてきました。以降、海外の津波研究者と何度も現地調査を重ね、国内外の様々な方に復興の様子(構造・非構造津波対策)などを説明してきております。余談ですが、2011年にタイでは大きな洪水が発生しました。実家は、バンコクのゆるやかな地形にありましたので、親に必ず洪水が襲ってくると言っても信じてもらえなかったことを教訓として、一般に向けた広報活動の重要性を感じております。
中村:ありがとうございます。続きまして大園さん、お願いいたします。
大園:地震発生時は、東北大学ドクター3年でした。仙台市内で車を運転中に発生、急いで大学に戻ろうとしましたが、普段は10分で戻れる道が通行不能となり、交通マヒ等で1時間かけて戻ったような状況でした。翌日から先生方の観測点復旧等を手伝い、沿岸部の観測点へも同行しました。
学生の頃から機動観測に参加し、被災地での観測はいつも心苦しかったのですが、取得したデータで結果を出し、何らかの形で社会の役に立てればと考えております。2019年4月から東京大学地震研究所に着任し、地震・火山噴火予知研究協議会の企画部において建議「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第2次)」で行われる全国の大学・研究機関の研究などの活動を調整・サポートしています。地震・火山研究を災害軽減に結びつけるこの機会をどうにかして有効なものにできればと、日々考えています。
大学の教員として、基礎研究やチャレンジングなことができるのが大学と思っており、サイエンスの成果を出すことが一番。ただしそれだけではなく、社会への還元も求められていることも考える必要があります。そのために協力者や連携者(工学、社会、教育、行政など)との連携が重要であるということを、個々人が意識をしていると思いますが、その仕組みや構造はまだできているとは言えないので、その具体化が必要と考えています。現建議でそれを少しでも実現できるよう、参加している研究者の方々と組み立てていければと思っています。
また、大学は教育する機関ですが、後継者や関係者(仲間)を増やせるかは、ここにかかっているとも言えます。この分野の知識・興味を持つ学生を社会へ永続的に輩出するためにも、さらに魅力的な教育活動やアウトリーチを通じて、学生を取り込む努力をする必要があると思っています。
中村:ありがとうございます。アナワットさん、大園さんからも、今後の広報や教育、様々な機関での地震研究の業務について、連携の必要性が大切とのお話しをいただきました。
続きまして、今後に向けて意見交換をしたいと思います。
地震本部では、令和元年5月に、地震調査研究の推進について―地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策(第3期)― を策定しました。今後10年程度の地震調査研究の方向性を示したものですが、この中で特に、新しい取り組みのひとつとして、社会の期待を踏まえた成果の創出、新たな科学技術の積極的な活用としています。実際に、文部科学省では、AI等新しい科学技術を活用した地震調査研究の推進のため、専門の委員会を設け検討を進めるなど、地震学と情報科学がより連携していけるような仕組みづくりに着手したところです。大園さん、大学での研究という視点から、特に教育とか取り組みとか、何かございましたら、お願いいたします。
大園:計算機関係のことに関しては、大学の地震研究でも大型計算機を使ったシミュレーションなどにより新たな研究が進んでおりますので、それがこの仕組みの中で活かせていけたら良いと思います。
中村:地震の解析にあたっては計算機を使用することがほとんどではあるものの、実際に地震学の研究者の中でも情報科学の知見そのものを取り入れている研究者は、実はまだそれほど多くはなく、これからまだまだ発展していく余地があるのではと思っています。防災科研さんの取り組みとか、行われていることがあれば、㓛刀さん、お願いいたします。
㓛刀:今、一番大きな取り組みは、N-net(南海トラフ海底地震津波観測網)整備事業で、新しい津波計の開発も行っています。この10年では、熊本や胆振東部等の内陸型の地震の発生も大きな出来事で、これに対応し陸域の地震観測網の増強も行っています。2008年に震度の即時演算手法(リアルタイム震度)を開発していましたが、近年になり注目されて、気象庁の緊急地震速報で利用されることになりました。
リアルタイム震度と全国規模の強震観測網という組み合わせは、今後の地震防災にとって有用と考えています。毎秒単位の揺れの値を即時に計算でき、数1000地点×毎秒×数階調のデータセットが得られます。このようなデータセットから防災に関する意思決定パラメータを得る試みは、機械学習(AI)が得意とする分野とも重なります。今後は、最新の情報科学技術も適用して、観測・データ処理の両面から、地震動即時予測手法の高度化を図っていきたいと思います。
中村:ありがとうございます。S-net、N-netの活用、機械学習の活用による地震動予測手法の高度化など、今後実用化に向けて更に動き出していくところですね。実際の情報発表に活かされる場面も出てくるかと思いますが、丹下さん、気象庁としては今後の取り組みについてはいかがでしょうか。
丹下:津波について、防災行動、防災対応を支援するために、津波の発生から減衰までを精度よく予測することを目指します。この目標を実現するための具体的な取り組み内容として、3つ掲げております。
1つ目に、気象庁では、現在、津波の最大の高さや到達予想時刻などを情報として発表していますが、今後10年で、津波警報を発表した段階で第一波・最大波から減衰までの時間的推移を提供し、警報・注意報の解除の見通しをお知らせすることを目指します。
2つ目に、天文潮位も考慮した津波の高さの予測を実施することも目指します。天文潮位を津波に加えることによって、海面の実際の高さ、絶対的な高さがいつ高くなるかというような情報提供が可能となります。
3つ目に、津波警報の第一報については、これまでと同様に迅速性を確保する観点から、引き続き津波データベースを用いて発表しますが、データベースの改良による予測精度向上を目指します。
地震について、個々人の防災行動に繋がるよう、揺れの状況に関する分かりやすい情報を提供するとともに、一度大きな地震が発生すると、防災対応は長期間に及ぶことから、長期間における適切な防災対応を行うことができるよう、時々刻々と変化する地震活動や地殻変動の推移を把握・評価し、不確実性を伴う地震活動の見通しについては、安全確保等の的確な防災対応が行えるよう、利用者の置かれている状況も考慮した情報の提供を行うことを目指します。この目標を実現するための具体的な取り組みとして、3つ掲げております。
1つ目に、緊急地震速報において、面的な揺れの広がりの予測を提供するとともに、揺れの状況について、高層ビル等における長周期地震動対策に資するよう、関係機関とも連携しながら、震度だけではなく、長周期地震動階級も合わせて、様々な指標により、分かりやすく提供するとともに、予測技術や活用技術の高度化を図ります。
2つ目に、地震活動を的確に評価することで、今後の地震活動の見通しに関する情報を、より具体化することを目指します。
3つ目に、地震活動や地殻変動を的確に評価することにより、南海トラフ地震に関する適時的確な情報提供を実施出来るようになることを目指します。
中村:ありがとうございます。最新の研究成果や情報等を踏まえ、今後、このような研究成果等を社会に還元するためには、まずは研究成果や情報を、一体どのようなものがあるのか、知っていただくことが重要と思います。大園さんから先ほど、社会還元のためには、協力者や連携者との連携が重要であり、大学は後継者や仲間を増やせるかにかかっている、とお話しがありました。この中で、なにか苦労された点、工夫された点はありますでしょうか。
大園:いろいろ手探りしながらの状況ですが、個人的に1~2年生に興味を持ってもらえるような、授業の教材作りから取り組んでいます。また、組織単位(センター・理学部・工学部等)での、学生向けのイベントを行い、様々な事を知ってもらう機会を設けていますが、効果・反応等については、正しくは評価できてはいません。少なくても知ってもらうという機会を増やしていくことは、個人でも組織でも広報に力を入れて、周知を図っています。また、現建議の中でも、地震火山研究の成果から防災リテラシー、そして最終的に災害の軽減につなげることを意識して活動をしていますので、こういったことが社会の中で実際に研究成果が活かされていけるようになれば、結果として関係者を増やすことに繋がっていくと思います。
中村:ありがとうございます。アナワットさんからも先程、語り部の活動をというお話をいただきました。2004年のスマトラの津波や東日本大震災の津波など、実際に起きた津波事例がどのようなものだったかを知っていただく、という方向からのアプローチだと思いますが、苦労された点やお話しされた相手の反応などはどのようなものだったのでしょうか。
アナワット:大震災の後、研究分野や東北大学本部・保険会社とのプロジェクトにおいて、小学生を対象に「防災出前授業プロジェクト」が出来ました。防災、特に地震津波のことを分かりやすく、授業前後にアンケートを行い、防災教育による効果として研究もしております。海外においても日本同様にインドネシア・タイ・フィリピンでも行っておりますが、スマトラの津波の被災地では、発生から15年以上経過しており、津波を知らない・親から聞いたことがない子供たちが少なくないことに驚きました。日本の中高生に防災出前授業を行った際に、「2004年スマトラの津波を知っていますか」と尋ねましたが、結構知らない生徒が多かった。10年以上経過しても、防災に関する情報や意識が低下することを避けることが課題です。研究面では、震災後、台湾・フィリピン・ヨーロッパなどから津波のことを勉強するため留学生が来ましたが、苦労した点は、まずデータがない。例えば、地震津波の観測データ、津波の計算結果を検証したいが波形データ等が無い、津波の計算に必要な地形データがない、国の安全上公開できないなど、結構研究面で苦労しました。
気象庁さんから天文潮位の話がありましたが、私は、地球温暖化の海面上昇を懸念しており、去年発表された日本海溝と千島海溝の新しい断層モデルに、その波源と海面上昇と経済評価モデルを入れて大学院生と検証を始めたところです。地震津波のみならず、学際的な観点から、改めて調べていきたいと思っています。
その他、当研究室では産学官連携において「早期観測や津波避難シミュレーションに関するプロジェクト」が始まっています。また、啓発活動として、国連機関等と世界津波の日(11月5日)を通して、更に津波防災について発信したいと思います。
中村:ありがとうございます。本日は貴重なご意見ありがとうございました。今後とも、文部科学省としましても、特に、防災教育として小中学校が中心となると思いますが、子供から大人まで幅広い世代で教育とか普及啓発の活動を進めるとともに、地震津波の研究活動にも活発に推進していきたいと思います。
(広報誌「地震本部ニュース」令和3年(2021年)春号)
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