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(広報誌「地震本部ニュース」令和2年(2020年)冬号)
地震大国である日本は、歴史的に多くの地震災害に見舞われてきました。特に、2011年東北地方太平洋沖地震のような海域で発生する巨大地震が繰り返し日本列島を襲ってきました。日本の太平洋側にある日本海溝や南海トラフなどの海溝では、海側のプレートが陸側のプレートの下に年間数cm の速さで沈み込んでいます。このとき、両者が接する境界面が強く固着していると、陸側のプレートが海側のプレートによって引きずりこまれ、陸側のプレートが変形し内部にひずみが蓄積されていきます。そのひずみが限界に達すると、元に戻ろうとして破壊が起き、地震が発生すると考えられています。日本の太平洋側には、北海道から沖縄までの全域に海溝が存在するため、海溝で発生する地震に対する備えが防災上の重要課題となっています。地震調査研究推進本部では、こうしたタイプの地震を海溝型地震と分類し、その規模や発生確率等の評価を行っています。
海溝型地震の発生メカニズムの理解のためには、地下のプレート境界の状態を詳細に調べる必要があります。そのための強力な道具のひとつが地殻変動観測です。人工衛星等を利用した宇宙測地技術の進展による高精度測位は、詳細な地殻変動の把握を可能としました。しかしながら、海溝型地震の震源の大部分は海底下にあり、陸上の観測網で震源域の詳細を把握するには限界があります。そのため、海域において地殻変動を観測するための技術が必要となります。
海中では、電波が著しく減衰するため、電波を利用する宇宙測地技術によって海底の地殻変動を観測することはできません。そこで、海水中でも遠距離を伝わることが可能な音波を組み合わせて、海底における精密な位置測位を可能とするGNSS-音響測距結合方式(GNSS-A)による海底地殻変動観測(図1)のアイデアが、1980年代に米国スクリップス海洋研究所のフレッド・スピースによって提案されました。
海上保安庁では、海図作製のために培ってきた海域における測位技術を活かして、GNSS-A海底地殻変動観測の技術開発に取り組んできました。2000年に熊野灘に第1号の観測点を設置し、以降南海トラフおよび日本海溝沿いに順次観測点を増やしながら観測を続けています。
GNSS-Aによる海底地殻変動観測の有用性が実証されたことで、2001年に地震調査研究推進本部が行った基盤的調査観測計画の見直しの際には、「基盤的調査観測の実施状況を踏まえつつ、調査観測の実施に努めるもの」として海底地殻変動観測が政策的に位置づけられることになりました。現在、海上保安庁では定期的に観測結果を地震調査委員会に報告しており、地震・地殻活動の現状評価の資料として役立てられています。
図1 GNSS-音響測距結合方式(GNSS-A)による海底地殻変動観測
地震学で必要とされる地殻変動現象を捉えるためには、深海底の位置をセンチメートルの精度で測定することが求められますが、これはメートルオーダーで位置が分かれば十分である通常の海洋調査とは桁違いに高い精度です。そのため、専用に設計された観測機器を市販の機器と組み合わせて使用しています。また観測では、図1に示すように、海上における観測プラットフォーム(海上保安庁では有人の船舶を使用していますが、近年大学等の研究機関では無人機の開発も進められています)の運用が必須です。こうしたことから、GNSS-A観測は実施のための技術的・コスト的なハードルが高く、現在においても、広域に観測網を展開し定常的に観測を行っているのは日本のみです。
センチメートルの精度を達成するためには、様々な誤差要因を補正する必要があります。特に、最大の誤差要因と考えられる海水温の変動等による音波の伝播速度の変動をいかに補正するかが鍵になります。そのため、各研究機関で研究が進められており、解析手法・ソフトウェアの開発は各機関が独自に行っています。
海上保安庁では、2018年から2019年にかけて、新たに海中の深部における音速の傾斜構造を補正する手法を開発しました。この新手法の結果は、地震調査委員会に報告している業務的なルーティン解析の結果よりも良い結果が得られることを確認しています。しかしながら、2000年代初頭に作成した初期の解析ソフトウェアに、様々な研究成果を随時盛り込んでいったため、プログラムコードが複雑化し、これ以上の開発やルーティンの業務に組み込むことが困難な状況になってきました。
そこで、海上保安庁の研究グループでは、全く新しい解析ソフトウェアGARPOS(GNSS-Acoustic Ranging combined POsitioning Solver)を開発し、ソースコードをオープンソースソフトウェアとして公開しました(doi.org/10.5281/zenodo.3992688)。GARPOSでは、これまで様々に提案されてきた解析手法を包含するように方程式系を整理することで、特に音波の伝播速度の補正についての研究が進めやすいように設計されています。
今後は、GARPOSによる解析を業務的なルーティン解析に用いるための検討を進め、地震調査委員会等においてより精度の高い成果を報告できることを目指します。
陸上のGNSS観測では、RINEXと呼ばれるデータの共通フォーマットによって、どのメーカーの受信機で取得したデータであっても、同じフォーマットで扱うことができます。データ解析用のソフトウェアも、学術用から商用のものまで多数存在し、世界中の多数の研究者によって研究開発が進められています。
今回GARPOSでは、解析用のデータをGNSSにおけるRINEXのような互換性のある共通フォーマットとすることで、他機関とのデータ交換や検証が容易になるように設計しました。GARPOSの公開と、データの共通フォーマット化によって、GNSS-Aの研究の裾野が広がり、さらなる観測の高度化につながることが期待されます。GNSS-Aの高度化・高精度化により、海域における地球物理学的現象をより確実に捉えることで、地震・地殻活動を評価するために必要な情報を提供することを目指していきます。
(広報誌「地震本部ニュース」令和2年(2020年)冬号)
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