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(広報誌「地震本部ニュース」令和2年(2020年)冬号)
藤原 広行
本研究課題では、地震発生の時空間的な多様性を持つとされている南海トラフ沿いの巨大地震に対して、「通常と異なる現象」発生後の時間推移についてもその多様性の一例としてとらえることにより、地震や津波のハザード・リスクの防災情報基盤を創生し、「命を守る」「地域産業活動を守る」「大都市機能を守る」の3つの目標を立て研究を推進します(図1)。
図1 サブテーマ2:地震防災情報創生研究の概要
矢守 克也
事前避難など絶大な減災効力をもつと期待される一方で、大きな不確実性を有する南海トラフ地震に関する「臨時情報」の効力を引き出すために、どの範囲の、どのような人々が事前避難すべきか-この点に関する客観的基準、および、適切な避難先・避難方法を同定するための手法を開発し実装します。具体的には、第1に、津波避難訓練支援アプリとして開発した「逃げトレ」の成果と津波防災まちづくりのためのツール「逃げ地図」を再編し、訓練実施のたびに住民の空間移動データが標準化された形式でビッグデータとして蓄積されるシステムを構築し、事前避難の要不要を診断(避難困難地域を同定)可能なシステムとして再編し社会に実装します。第2に、空間モバイルデータを活用して、人や車の移動に伴った大規模な空間移動動態を予測・実測し、「臨時情報」の発表時に、どの地域でどのような人口移動が生じ、どこにどの程度の避難所が必要となるかについてシミュレーションするための広域人口動態分析システムを開発し社会に実装します。
平山 修久
現在、多くの企業の事前防災対策に使われている被害想定は、発災時の人・物の流れなど地域を俯瞰した事態を考慮しきれていません。そのため、南海トラフ地震臨時情報発表時において、社会が萎縮することで、事業継続に対する障害生起や企業の事業活動停止への影響波及に至る恐れがあります。すなわち、臨時情報発表時の状況に即応した地域の企業活動を守ることが重要となります。本サブテーマでは、臨時情報を活かした被害軽減のため、社会のモニタリングデータを活用したリアルタイムな社会様相の把握を可能とし、様々な階層における事態想定シミュレーション手法の開発に取り組みます。地域社会と連携した産業構造把握と最適な行動計画策定手法、ダイナミックに変容する社会の非定常状態や社会様相の把握・共有手法、特徴的時間断面での地域を俯瞰した被災シナリオと事態想定手法を開発し、相互連携技法を社会実装することで、南海トラフ地震臨時情報発表時の社会の萎縮を回避し、命を守ると同時に社会機能を維持し、後発地震での被害の最小化を目指します。そして、社会動態を反映した被害予測による事前対策、企業の災害対応計画の立案支援、積極的な事前防災投資の促進が期待できます。
廣井 悠
高次かつ複雑に構成された大都市では様々な要素が関係し、巨大災害後に思いもよらない現象が発生することも少なくありません。災害直後にこれから発生する事象を定性的にリアルタイムで推測し、次々と連関して起こる事象を提示することができれば、副次的な災害事象を未然に防ぐことも可能と考えられます。本研究は、災害の連鎖構造を表す災害連関図をリアルタイムで自動的に作成し、対策に生かそうとするものです。具体的には、過去の震災関連の新聞記事やニュース原稿、インターネットの記事などあらゆる文章を教師データとして機械学習にかけることで、「原因」と「結果」の膨大なデータベースが作成できます。このデータベースを様々な災害現象について事前に作りこむことで、作成した学習モデルと合わせ、発災初日のニュース原稿や記事などを手掛かりに、いまどのような現象が発生していて、その現象Aが発生した時に、どのような条件で望ましくない結果 B1、B2、B3…が発生するのかを、つまり巨大災害の連鎖構造をリアルタイムで予測することができます。過去の経験やデータの蓄積を利活用し、災害が社会に与える様々な悪循環を未然に防止するこの研究は、スマートシティ時代の新しい防災対策になるのではないかと考えています。
中村 洋光
時空間的な地震発生の多様性を持つ南海トラフ地震を対象に、地震や津波のハザード・リスク情報を創出することを目的とした地震防災基盤シミュレータを開発します。具体的には、「通常と異なる現象」を地震発生の多様性の一例としてとらえ、それが起こった後の時間推移を考慮した条件付きリスク評価手法を開発します。また、「地殻活動情報創成研究」や地震本部の知見を採り入れつつ、地震発生の多様性を表現するために構築された時空間的に膨大な組み合わせからなる断層モデル群に対して、長継続時間・広帯域強震動や津波遡上を安定的かつ効率的にシミュレーションできる手法を開発し、事前避難、産業活動、大都市機能維持のそれぞれの地域性の観点から南海トラフの地震像を類型化する手法の開発を行い、類型化毎の代表的な広域災害シナリオを構築します。このように創出したハザード・リスク情報を格納する情報基盤を、防災科研の地震ハザードステーション(J-SHIS)、津波ハザードステーション(J-THIS)、リアルタイム地震被害推定システム(J-RISQ)と連携できる形で地震防災基盤シミュレータとして構築し、他の研究テーマと連携して利活用を進めることで防災対策に活かします。
髙橋 成実
本研究課題では、秋号で紹介したサブテーマ1からの理学研究、サブテーマ2からの工学・社会科学研究の成果を取り込み、地域や企業と連携して、それらの情報を利活用する手法を検討して情報の水平展開を行います。下記の3つのアクションを開始します。
一つ目は、これまでの理学・工学・社会科学の成果を地域や企業に展開した例を共有し、各地域と共有するための情報発信検討会の開催です。津波、複合災害、支援・内陸地震、産業の4つのテーマに絞り、各地域の防災上の課題としている地域や企業と共有します。参加組織としては、地域の拠点大学、自治体、基礎自治体、インフラ事業者、地域に貢献する企業を念頭に置いています。
二つ目は、地域の防災上の課題を研究成果に基づき評価する取り組みです。2011年東日本大震災では、巨大津波により、多くの瓦礫が発生し、集積場所では津波火災が発生しました。浅い津波浸水深評価が安心材料になり得るため、推定される強震動と地盤データを用いた海岸構造物の変形、津波浸水深から瓦礫発生量と集積地、さらに、津波火災の評価へとつなげます。これにより、避難場所の潜在的なリスクの可視化が可能になります。被害軽減化と復興迅速化に向けて、自治体とその対策の議論につなげます。
最後に、これらの情報を受け取った各人が適切に判断し、行動につなげるために、情報リテラシーの向上を図ります。知識、経験、判断力、行動力、未来志向の5つの項目の向上を計測する仕組みを検討しています。これは、研究成果がいかに地域防災に貢献しているか、地域からの評価を受けることを意味します。自治体や基礎自治体と連携し、理学・工学・社会科学の成果の地域実装を図るとともに、その着実な進捗をモニターします。
図2 サブテーマ3:創生情報発信研究の概要
藤原 広行 (ふじわら ひろゆき)
防災科学技術研究所マルチハザードリスク評価研究部門長。1989年京都大学大学院理学研究科中退。科学技術庁国立防災科学技術センター(現:防災科学技術研究所)入所。博士(理学)。全国強震観測網K-NETの整備、全国地震動予測地図の作成、リアルタイム地震被害推定システムの開発などに従事。
矢守 克也 (やもり かつや)
京都大学防災研究所教授。大阪大学大学院人間科学研究科単位取得退学。博士(人間科学)。専門は社会心理学、防災心理学。経済産業省グッドデザイン賞金賞(2018年)、国際総合防災学会実践科学賞(2018年)、日本自然災害学会「学術賞」(2015年)などを受賞。主著に、「Disaster Risk Communication: A Challenge from a Social Psychological Perspective」(Springer)、「防災人間科学」(東京大学出版会)など。
平山 修久 (ひらやま ながひさ)
東海国立大学機構名古屋大学減災連携研究センター准教授。専門は災害環境工学。京都大学大学院工学研究科で博士(工学)を取得。人と防災未来センター、京都大学大学院工学研究科、国立環境研究所を経て2016年より現職。上水道システムの災害対策、災害廃棄物対策に関する研究を進めている。
廣井 悠 (ひろい ゆう)
東京大学大学院准教授。東京大学大学院工学系研究科博士課程を2年次に中退後、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター准教授を経て、2016年より現職。博士(工学)。専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、JSTさきがけ研究員(2016~2020年、兼任)。主な受賞に平成24年度文部科学大臣表彰若手科学者賞など。主な著書に「知られざる地下街」など。
中村 洋光 (なかむら ひろみつ)
防災科学技術研究所マルチハザードリスク評価研究部門副部門長。専門はリアルタイム地震防災。東京大学大学院理学系研究科にて博士(理学)を取得。財団法人鉄道総合技術研究所研究員を経て、2006年に防災科学技術研究所に着任。2019年より現職。リアルタイム地震被害推定システムの開発や地震や津波のハザード・リスク評価研究を進めている。
髙橋 成実 (たかはし なるみ)
防災科学技術研究所南海トラフ海底地震津波観測網整備推進本部副本部長。専門は海洋地震学。千葉大学大学院自然科学研究科にて博士(理学)を取得。東京大学大気海洋研究所を経て、海洋研究開発機構に着任。2016年より、防災科学技術研究所に移籍、2020年より現職。地殻構造から地震活動モニタリング研究、津波予測システムの開発、高度化研究を進めている。
(広報誌「地震本部ニュース」令和2年(2020年)冬号)
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