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(広報誌「地震本部ニュース」令和2年(2020年)冬号)
1995年兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)以降、わが国には1,000点を超える地震計からなる高感度地震観測網(Hi-net)をはじめとする地震観測網が整備され、日本周辺における地震活動を24時間365日絶え間なく観測しています。しかし観測点の間隔は数十キロメートルもある上、人工ノイズが大きい都市部には、ほとんど観測点が設置されていませんでした。1923年大正関東地震(関東大震災)のような首都直下型地震がいずれ再来する可能性が高いことから、文部科学省の委託研究「首都直下地震防災・減災特別プロジェクト」(2007〜2011年度)の一環として約300点の地震計からなる首都圏地震観測網(通称:MeSO-net)が整備されました。MeSO-netの観測点の間隔は数キロメートルですので、世界的に見ても極めて空間解像度の高い地震観測ができるようになったと言えます。これに加え、2017年度には「データ利活用協議会」が発足し、電気・ガス・水道会社などの民間会社が持つ振動計やスマートフォンに内蔵されている加速度計のデータを、地震研究に有効に活かすための議論が始まっています。これが実現すれば、事実上、地震観測点が数千万ないし数億点に達することになり、「地震超ビッグデータ」が得られることになります。しかしながら、従来の地震データ解析手法は、このような地震超ビッグデータに適したものとはなっていません。計算時間を短縮するために高性能な計算機を使うだけでは不十分で、解析アルゴリズムから根本的に作り変えていく必要があります。近い将来、必ず到来する地震超ビッグデータ時代に向けて、今からこれに着手していかなければなりません。そのためには、もはや地震学の専門家だけでなく、近年進展著しい機械学習やベイズ統計学を導入するために、情報科学や数理科学の専門家の協力が必要不可欠です。
2017年度に、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTの研究課題として「次世代地震計測と最先端ベイズ統計学との融合によるインテリジェント地震波動解析」(通称:iSeisBayes、研究代表者:平田直 東京大学名誉教授)が採択されました。本研究課題では、東京大学地震研究所を中心とする地震学の専門家と、東京大学大学院情報理工学系研究科を中心とする統計学の専門家の協働により、地震超ビッグデータ時代に向けたデータ解析アルゴリズムの抜本的革新を目指しています。2020年度からは、東北大学大学院工学研究科を中心とする応用数理科学に強い研究者が加わって約30名の研究者が集結する大きなプロジェクトに発展し、毎月開催する月例会を通して若手研究者を中心に積極的な異分野交流を進めています。
iSeisBayesで開発するアルゴリズム群は、「基盤解析技術」と「応用解析技術」に大別されます(図1)。基盤解析技術では、多種多様かつ膨大な数のセンサーによって構成される地震観測点から、目的に合わせた観測点を選択する「観測点選択アルゴリズム」や、地震波形データから地震や微動といった地球内部起源の振動現象を抽出するための、深層学習をはじめとする情報科学的手法を開発しています(図2)。地震の初動であるP波の検出は、小さな地震の場合には既存手法では見逃しや誤検知が10%程度起こりますが、我々はそれを1%程度にまで抑えることを目標としており、ある条件の下ではその目標を達成しつつあります。また、応用解析技術では、地震発生域における地下の状態を示すバロメータである応力降下量を「マルコフ連鎖モンテカルロ法」によって推定する手法や、「ガウス過程回帰」に基づき、本震直後の極めて雑音の多い時間帯の余震検知確率を高精度に推定する手法、さらには気象予報でも用いられているシミュレーションとデータを融合する計算技術「データ同化」を導入し、プレート境界における摩擦パラメータ推定や、緊急地震速報の改良に繋がる可能性を秘めた地震波動場を再現するための手法開発が進められています(図3)。
地震データ解析のための深層学習の適用研究は、iSeisBayesだけでなく、世界中で多数の研究者が精力的に進めています。しかしながら、多数存在する深層学習のネットワークモデルの良し悪しを比較し、より良いモデルの開発に繋げていくためには、同一のデータセットを使ってモデルの性能を評価する必要があります。そこでiSeisBayesでは、MeSO-netの観測データの一部を「首都圏観測地震波形データセット」という手法性能評価用の標準データセットとしてまとめ、世界に向けて公開する準備を進めています(図4)。これは、空間的に極めて高密度な地震観測網であるMeSO-netのデータだからこそ構築可能です。
図1 地震超ビッグデータ時代に向けたインテリジェント地震波動解析システム
図2 地震波形データから地震波を検出するための深層学習モデル (Yano et al., 2020)
図3 データ同化に基づく首都圏における地震波動場の再現 (Kano et al., 2017)
図4 手法性能評価用標準データセット「首都圏地震観測波形データセット」
地震学への情報科学・数理科学の導入は、決して今に始まったことではありません。例えば、現在、気象庁で行われているP波の自動検出には、統計学の手法が使われています。しかしながら、地震超ビッグデータが持つ潤沢な情報を最大限に抽出し、地震防災・減災に活かしていくためには、急速な進展を遂げている現代の情報科学を採り入れ、地震データ解析手法を大幅に刷新していく必要があります。これは決して少人数の研究者で実現できるものではなく、国レベルで進めていかなくてはなりません。情報科学や数理科学は、地震から国民の生活を守る力を秘めています。
iSeisBayesホームページ
http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/project/iSeisBayes/
長尾 大道 (ながお ひろみち)
東京大学地震研究所 准教授。専門は数理地球科学。京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻で博士(理学)を取得。核燃料サイクル開発機構(現在の日本原子力研究開発機構)、海洋研究開発機構、統計数理研究所を経て、2013年より現職。東京大学大学院情報理工学系研究科 数理情報学専攻を兼務し、固体地球科学に資する数理科学に関する研究を進めており、「次世代地震計測と最先端ベイズ統計学との融合によるインテリジェント地震波動解析」プロジェクトでは事務局長を務めている。
(広報誌「地震本部ニュース」令和2年(2020年)冬号)
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