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(広報誌「地震本部ニュース」令和2年(2020年)夏号)
国立研究開発法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。)では、地球大気や気象現象及び地表面を観測対象とし、レーダー等リモートセンシング用のセンサー開発並びにその取得データに関する解析技術の研究を行っています。リモートセンシングは、直接その場から観測するのではなく、離れた場所から対象を観測する技術です。このため、人が直接訪れること、また留まることが難しい上空の雲や雨等の観測、あるいは二次的な被害発生の恐れがある自然災害発生現場の状況把握に適しています。本稿では、NICTで開発・研究を行っている観測装置の一つである航空機搭載合成開口レーダー(以下「SAR」という。) のデータ解析技術について紹介します。
SARは、電波を使って地表面等の観測対象を高い空間分解能で可視化することができる装置です。自ら電波を地表面に照射し、またその電波の波長として大気透過性の高いマイクロ波を使用することで、昼夜間・天候を問わず観測できる特徴があります。そのため、自然災害発生時の被災状況の迅速把握に貢献することが期待されています。NICTでは1990年代より航空機に搭載するタイプのSAR(以下「Pi-SAR」という。)を開発・運用してきており、2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震については第二世代のPi-SAR2による観測を発災後速やかに実施しました[1]。上述のように、SARは迅速に被災地を観測できるメリットがある一方、観測原理特有の観測画像の歪みにより可視化データからの情報抽出に経験を必要としてしまうデメリットがあります。したがって、被災状況の迅速把握という目的を達成するためには、装置開発だけでは不十分でありデータ解析技術、特にデータ解析者によるインタラクティブな操作を極力排除した解析技術の研究開発が必要とされます。そのようなデータ解析技術の研究例として、ここでは熊本地震前後(2015年12月5日と2016年4月17日)のPi-SAR2による観測データを元に開発を進めた二つの技術について述べます。
土砂崩れは、集中豪雨や地震に伴い発生する恐れのある現象の一つです。SARを用いると土砂崩れは反射信号の強度の変化や高さの変化として観測することができます。図1及び図2に阿蘇大橋付近の土砂崩れ発生前後のPi-SAR2の3偏波疑似カラー観測画像を示します。赤い枠で囲った部分が土砂崩れ部分に該当しています。色やテクスチャの変化により、はっきりとその発生を視認することができます。図2のように大規模な土砂崩れであれば容易に視認できますが、小規模なものは視認が難しい場合があります。また、図示した画像の範囲はたかだか約3km2であり、地震前後で比較が可能なデータはこの観測パスだけでも約400km2あります。このような広大な範囲を人の目により比較していくことは困難です。そこで我々は単偏波の強度変化に更に干渉SAR観測により求まる高さ変化を組み合わせ、地震前後のSARデータから自動的に土砂崩れを検出するアルゴリズムを開発しました。高さ変化を指標として組み込んだことで、土砂崩れではない場所における植生の変化等による反射信号の強度変化を効率的に除外することに成功しています。本アルゴリズムの詳細については文献[2]及び[3]をご参照ください。
図1 地震発生前の2015年12月5日にPi-SAR2により取得された阿蘇大橋付近の3偏波疑似カラー観測画像。観測範囲はおよそ3km2に相当し、飛行機の進行方向はほぼ真西である。
図2 地震発生後の2016年4月17日のPi-SAR2観測画像。
赤い枠内に大規模な土砂崩れが発生している。
図3 Pi-SAR2 観測画像上で検出された飛行方向の変位。赤い(青い) 部分は右(左)方向の変位を示している。枠で囲った部分において、Pi-SAR2 画像上の顕著な変位が検出されている。なお、±3mの変位のみ色付けし、その他は正しく検出できていないと見なし黒く塗りつぶしている。
上記の土砂崩れに加え、地震断層と呼ばれる地表面の変位(ずれ)も地震に伴い発生する現象の代表例の一つです。このような変位は電子基準点でも観測されていますが、SARの観測データを使うと面的に検出することができます。ただし、土砂崩れとは異なり目視比較により検出するのは相当困難です。そこで我々は東北大学大学院情報科学研究科の青木研究室と2013年から進めているコンピュータビジョンのSAR画像への適用に関する共同研究の枠組みのもと、SAR画像上の変位を検出するアルゴリズムを開発しました。なお、アルゴリズムの一部には国土地理院の数値標高モデル[4]を使用しています。詳細については文献[5]をご参照ください。本アルゴリズムはピクセルオフセット法[6]の一種であり、このアルゴリズムの肝は位相限定相関法というサブピクセルレベルの移動量を検出できる高精度マッチング技術です。図3に解析の一例として飛行機進行方向のPi-SAR2画像上の変位の検出結果を示します。この技術を用いて目視比較では検出困難であったSAR画像上の変位を可視化することができるようになりました。SARデータを用いた変位の検出は差分干渉SAR解析によることが多いのですが、本アルゴリズムのようにピクセルのずれ量から直接変位量を検出する方法は、観測条件の制限の緩さや検出できる変位量の範囲が広いというメリットがあります。本アルゴリズムについては、今後真値との比較を通じた精度評価を進めて行く予定です。
本稿では、SARに関してNICTで取り組んでいる研究の中から、地震に関連する二つのデータ解析技術の研究事例について述べました。自然災害発生時の被災地状況の早期把握への貢献を目指し、蓄積されている観測データ等も用いながら、今後も更に解析技術の研究を推進して行く予定です。
[1] 熊本地震に対する調査研究機関の取組 -情報通信研究機構-, 地震本部ニュース秋号, pp. 8-9, 2016.
[2] J. Uemoto, T. Moriyama, A. Nadai, S. Kojima, and T. Umehara, Landslide detection based on height and amplitude differences using pre- and post-event airborne X-band SAR data, Nat. Hazards, vol. 95, pp. 485–503, 2019.
[3] 上本 純平, 児島 正一郎, 灘井 章嗣, 中川 勝広, クロストラック干渉SARデータセットの土砂崩れに関する解析, 情報通信研究機構研究報告, vol. 65, no. 1, pp. 57-62, 2019.
[4] 国土地理院:基盤地図情報ダウンロードサービス https://www.gsi.go.jp/kiban/
[5] H. Imai, K. Ito, T. Aoki, J. Uemoto and S. Uratsuka, A Method for Observing Seismic Ground Deformation from Airborne SAR Images, Proceedings of IGARSS, pp. 1506-1509, 2019.
[6] 小林 知勝,飛田 幹男,村上 亮,局所的大変位を伴う地殻変動計測のためのピクセルオフセット解析,測地学会誌,vol. 57, no. 2, pp. 71-81,2011.
(広報誌「地震本部ニュース」令和2年(2020年)夏号)
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