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(広報誌「地震本部ニュース」令和元年(2019年)冬号)
スロー地震は、通常の地震よりもゆっくりと断層がすべる現象であり、世界各地の主にプレート境界付近で発見されています。スロー地震はその特徴的な時間スケールに応じて、0.1~0.5秒周期の地震波が卓越する低周波微動(あるいは、テクトニック微動。以下「微動」という。)、十秒から数百秒の周期の地震波が卓越する超低周波地震、数日から数年間にわたってすべりが継続するスロースリップイベント(SSE)のように分類されます。ただし、南海トラフでは、微動・超低周波地震がSSEに伴って発生していることが深部だけでなく浅部でも明らかになるなど(地震本部ニュース2018年春号)、微動・超低周波地震の発生はSSEのすべりが同時に起きていることを示すと考えられるようになってきました。
北海道から東北地方にかけての太平洋プレートが沈み込む領域では、十勝沖で活発な超低周波地震活動が観測される一方、東北地方太平洋沖のスロー地震活動については存在が明らかではありませんでした。しかし、2011年東北地方太平洋沖地震後の研究の進展により、同地震の直前の地震活動や、海底水圧計・地震計の観測からSSEや微動の発生が指摘されるようになってきました。著者らは、防災科研広帯域地震観測網(F-net)を用いた解析により、東北地方太平洋沖において、他の領域よりも小さいながらも超低周波地震が発生していることを明らかにしました(文献1)。ただし微動活動については、その微弱な地震動を捉える必要があり、陸域の観測網からは未解明の状況でした。
そうした中、防災科研が整備を進めてきた、日本海溝海底地震津波観測網(S-net)が2016年8月より順次運用を開始し、2018年10月よりそのデータが公開されました。以下では、S-netの記録から新たに得られたスロー地震活動の姿についてご紹介します。
田中他(文献2)では、十勝沖についてS-netの地震計記録の解析から微動活動を検出し、分布を明らかにしました(図1)。活動が繰り返し活発化し、数Hzに卓越する微動活動が数日もしくはそれ以上にわたって継続することや、微動活動の移動速度は1日10~20kmであること、超低周波地震と同期して微動が発生していることなど、南海トラフのスロー地震と同様な特徴がみられました。高い精度で得られた震源からは、微動がプレート境界浅部の限られた範囲で発生していることも明らかになりました。さらに、大地震や余震活動と空間的にすみ分けていることも興味深い特徴です(図1(c))。
西川他(文献3)は、十勝沖から房総沖までの広い範囲について、S-netによる微動の解析を行いました(図2)。さらに、超低周波地震やSSEに加え、SSEの発生を間接的に示すと考えられる繰り返し地震や群発地震の解析結果も統合し、この領域でのスロー地震活動の全容を明らかにしました。図2に示すように、東北地方太平洋沖地震の大すべり域の南北端には大規模なスロー地震域が存在しており、こうした領域が大地震のすべりを抑制した可能性が考えられます。先ほどの、十勝沖から岩手沖にかけての大地震とスロー地震域の棲み分けも、これを支持するものです。また、海溝軸に沿った方向にスロー地震の分布が変化する特徴は、十勝沖に限らず房総沖までの領域で共通してみられることも明らかになりました。
西川他(文献3)では、得られた結果をもとに南海トラフとの比較もしています。南海トラフでは東北地方太平洋沖と異なり、トラフ軸に近い浅い側と陸域の深い側に、スロー地震活動の発生場所が分かれています。そして、その間に将来巨大地震の発生が予想される領域が位置します。大局的には、トラフ軸に垂直な方向にスロー地震分布が大きく変化するのが、南海トラフの特徴といえるでしょう。ただし、深いスロー地震がある程度連続した帯状の分布を示すのに対し、浅いスロー地震の分布には、四国沖など大きく抜けている場所がみられます(図3)。こうした特徴は、トラフ軸に沿ったプレート境界の特性の違いを示唆しているのかもしれません。
前節ではスロー地震域が大地震のすべりを抑制する可能性について紹介しましたが、この結果がどこまで適用可能であるか、今後世界各地の事例について検討していく必要があります。またこれは、そもそもスロー地震がなぜ発生するかという大きな謎の解明にもつながります。一方で、スロー地震活動の詳細な分布の解明や状況の把握も重要な課題です。南海トラフ浅部において地殻変動観測については、GNSS-Aの観測により、SSEの発生状況が徐々に明らかになってきています(地震本部ニュース2019年春号)。地震観測についても、現在防災科研は日向灘から高知沖において、南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)の構築を進めています。スロー地震の微弱なシグナルを近傍で捉えることができれば、今回ご紹介したように地震とスロー地震に関する新たな知見が得られることも期待されます。
(広報誌「地震本部ニュース」令和元年(2019年)冬号)
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