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(広報誌「地震本部ニュース」平成30年(2018年)冬号)
我が国では、石油類をはじめとする可燃性の高い物質は、消防法令において「危険物」としてその貯蔵・取扱いが規制されていますが、石油コンビナート地域にあるような大型の石油タンクは、「危険物」の貯蔵量の多さから、とりわけ大きな火災危険性を有しており、その安全性の確保は極めて重要です。このようなことから、消防研究センターでは、長年にわたって大型石油タンクの地震や腐食等の経年劣化に対する安全性の向上を目指した研究開発に取り組んできています。ここでは、地震時の安全性向上のために消防研究センターで行ってきた研究開発のうち、近年における取組として、①石油コンビナート地域における強震観測とその防災情報システムへの利活用と、②石油タンクの津波被害に関する研究について紹介します。
2003年十勝沖地震の際、北海道苫小牧市では、当時の消防法令の技術基準で定められていた長周期地震動に係る設計水平震度(以下「Kh2」という。)のレベルを大きく上回る長周期地震動が観測され、市内の大型石油タンクでは大きなスロッシング(液面揺動)が発生して、火災(図1)・浮き屋根沈没等の甚大な被害が発生しました。このことを受けて、2005年に技術基準が改正され、将来の大地震でとくに大きな長周期地震動が予測される石油コンビナート地域についてはKh2が引き上げられましたが、石油コンビナート地域には基本的に強震観測点がなかったため、長周期地震動が大きくなりやすいと考えられる石油コンビナート地域については、長周期地震動特性のより詳細な把握が必要とされました。このようなことから、消防研究センターでは、現在、20の石油コンビナート地域に23台の強震計を設置して、それらの地域における長周期地震動特性の把握に努めています。
図1 | 2003年十勝沖地震の際に長周期地震動の影響により大型石油タンクで発生した全面火災(北海道苫小牧市) |
消防研究センターでは、さらに、これらの石油コンビナート地域における強震観測を地震時応急対応にも活用できるよう、「石油コンビナート等特別防災区域地震動観測情報システム」(図2)の開発に取り組んできました。このシステムは、地震後すみやかに石油コンビナート地域の揺れの情報を自動的に収集・処理し、どの石油コンビナート地域の震度・長周期地震動レベルが大きいかをわかりやすく表示するものです。現在、全国に石油コンビナート地域は84ありますが、消防研究センターが強震計を設置していない64の石油コンビナート地域については、直近にある国立研究開発法人 防災科学技術研究所のK-NETまたはKiK-net強震観測点の強震記録を利用して全国の石油コンビナート地域をカバーするようにしています。消防庁では、大地震発生時に全職員が参集して被害情報等の収集や緊急消防援助隊の派遣に関する任務にあたりますが、このような場面において、このシステムを活用すれば、どの石油コンビナート地域から優先的・重点的に情報収集すべきかといった判断を行うことが可能となり、迅速・的確な情報収集活動に役立ちます。また、収集された揺れの情報はスロッシング高さなど石油タンクの被害の推定に利用することが考えられ、消防研究センターではそのための研究開発も行っています。
図2 | 「石油コンビナート等特別防災区域地震動観測情報システム」 2016年熊本地震の際の表示画面 |
この図では、長周期地震動レベルの指標として示している周期3~15秒における疑似速度応答の最大値の分布が示されている |
2011年東北地方太平洋沖地震では、東北地方太平洋沿岸部に立地していた多くの石油タンクが津波により被害を受けました(図3)。消防庁による被害に関するアンケート調査結果と消防研究センターによる現地調査結果等を合わせると、この津波で何らかの被害を受けた石油タンク(正確にいうと屋外タンク貯蔵所)は大小合わせて418基あり、そのうち、滑動、流出、転倒等の移動被害が生じたタンクは157基ありました。
図3 | 2011年東北地方太平洋沖地震の際の津波で流された石油タンク(宮城県気仙沼市) |
石油タンクの津波被害の予測方法及び被害軽減対策については、2006年度から2008年度にかけて消防庁が調査検討を行っており、その最終報告書「危険物施設の津波・浸水対策に関する調査検討報告書」(消防庁・2009年3月)において、津波による石油タンクの移動被害の予測手法が提案されました。しかし、この予測手法は、室内の水理模型実験結果に基づいて作成されたもので、実際の石油タンクの津波移動被害をどの程度言い当てられるかは、当時は実際の被害事例が世界的に見て乏しかったため、未検証のままでした。そこで、消防研究センターでは、2011年東北地方太平洋沖地震の際の被害実例に基づいて津波移動被害予測手法の的中率を調べました。その結果、実際のタンクの移動に関する被害状況と津波移動被害予測手法による予測結果が対照できた石油タンク197基のうち、移動被害の有無が実際と予測で一致したものは147基あり、76%という高い的中率となっていることがわかりました。この結果は、消防庁が提案した石油タンクの移動被害の予測手法が、今後の石油タンクの津波被害予測に十分利用可能であることを示すもので、消防庁ではこの石油タンク移動被害予測手法をソフトウェア化し、「屋外貯蔵タンク津波被害シミュレーションツール」として消防庁のHPで公開しています(http://www.fdma.go.jp/concern/publication/simulatetool/index.html)。
また、消防研究センターでは、東北地方太平洋沖地震の際の石油タンクの配管の津波被害の状況と津波浸水深との関係を整理し、津波浸水深から石油タンクの配管の津波被害の発生率を割り出す被害率曲線も考案しました(図4)。この被害率曲線も、石油タンクの津波移動被害予測手法とあわせて、将来の地震に備えるための津波被害予測に活用できると考えられます。
図4 | 津波の浸水深から石油タンクの配管の津波被害の発生率を割り出す被害率曲線(実線) |
■は2011年東北地方太平洋沖地震の際の被害実例から求めた被害発生率 |
消防研究センターでは、大型石油タンクの安全性の向上に向けた研究開発として、上述したもののほかに、地震時の石油タンクの被害調査、石油コンビナート地域を対象とした長周期地震動の予測に関する研究、地震時の石油タンクの被害等を予測・推定するための研究開発、石油タンクの防食措置として鋼板に施工されるコーティングの経年劣化に関する研究を行っています。これらについては、本年3月に発行された「消防研究センター 最近10年のあゆみ ―消防研究所創設70周年記念―」(http://nrifd.fdma.go.jp/publication/others/files/nrifd70nenshi_s.pdf)などでご覧いただけます。
畑山 健( はたやま けん )
消防庁消防研究センター技術研究部施設等災害研究室長、横浜国立大学客員准教授、1997年京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻博士課程修了、博士(理学)、同年消防研究所に入所、2007年から2009年まで消防庁危険物保安室課長補佐として石油タンクの保安行政に従事、専門は強震動地震学、大型石油タンクの地震防災。
(広報誌「地震本部ニュース」平成30年(2018年)冬号)
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