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  1. 地震・津波の提供情報
  2. コラム
  3. 南海トラフ浅部で起きるスロー地震について分かってきたこと

(広報誌「地震本部ニュース」平成30年(2018年)冬号)

南海トラフ浅部で起きるスロー地震について分かってきたこと

1.はじめに

 南海トラフをはじめとする世界のプレート境界地震発生帯では、通常の地震と比べてゆっくりした断層滑りによる「スロー地震」が発生することが知られています。スロー地震が普通の地震と比べてなぜ「スロー」なのかは未だ謎が多く、多くの研究者によって発生メカニズムの研究が進められています。近年、スロー地震と巨大地震との関連性が指摘されており、スロー地震の発生メカニズムを解明することは巨大地震の発生メカニズムを知るためにも重要であると考えられています。スロー地震にはいくつかの種類がある事が知られており、大きく分けて低周波微動(LFT)、超低周波地震(VLFE)、スロースリップ(SSE)に分類されます。LFTは数Hz〜10Hzで振動する微弱な揺れが数十秒〜数百秒ほど続きます。VLFEは数十〜数百秒の周期を持ったシグナルとして観測されます。またSSEは数日以上継続し、時には数か月から数年かけて、プレート境界の断層がゆっくりと滑ることが分かっています。スロー地震による揺れはとても弱いため、通常、人体が揺れを感じることはほとんどありませんが、高感度の地震計や地殻変動観測網の発達によってその発生が明らかにされてきました。
 これら一連のスロー地震は多くの場合、異なるタイプが同時に発生する事が知られています(もちろん、例外もあります)。例えば、SSEと同時にLFTが発生する事は、これらの現象が見つかった当初から知られていました。また、VLFEもLFTやSSEと同時に発生する事が、その後の詳しい研究で分かりました。違うタイプのスロー地震が同時に発生するという事は、お互いの発生メカニズムが密接に関連していると考えられます。しかし一連のスロー地震が同じ断層滑りによって発生るのか、それとも異なる破壊現象が影響し合って同時に発生するのか、研究者の間でも様々な意見があり、これらの現象のメカニズムには分からない点が多く残されています。
 南海トラフでは、これらのスロー地震は東南海地震や南海地震などの巨大地震の震源域より深い側と、トラフ軸近くの浅い側で発生することが知られています(図1)。深部で起きるスロー地震については、発生源が陸上の高密度・高感度の観測網の下にあるため、これまで多くの研究が行われてきました。一方浅部で発生するスロー地震については、発生源が海底下であり、陸域の観測網の外側であるため詳しい研究が困難でした。浅部のスロー地震について詳しく調べるためには、海域での観測データを使った研究が不可欠です。

図1  紀伊半島周辺の地震観測点とスロー地震の分布

図1 紀伊半島周辺の地震観測点とスロー地震の分布
紫の丸は2015年と2016年に観測された浅部超低周波地震、グレーの点は深部低周波微動(参考文献1、 2)を示す

2.南海トラフで観測された浅部超低周波地震

 南海トラフで発生する地震や津波をリアルタイムで監視するため、地震・津波観測監視システム(DONET)が海洋研究開発機構によって開発・設置され、現在防災科学技術研究所によって運用されています。DONETの観測点には様々な地震計や水圧計が設置されており、微小な地震から大きな地震、津波、地殻変動のようなゆっくりとした海底の動きまで観測することが出来ます。
 そのDONETの真下で、2016年4月1日に三重県南東沖地震(マグニチュード6.5)が発生しました。この地震は精密な震源解析の結果、プレート境界で起きたと考えられることが分かりました。この地震の直後から、震源より沖側(プレート境界の浅い側)で、LFTとVLFEの活発な活動がDONETによって捉えられました。DONETデータを使ってVLFEの震源の分布と断層面を調べたところ、震源は三重県南東沖地震の震源より約20km沖側の約30 km×50 kmの範囲、南海トラフの付加体先端部の深さ約6〜9kmに分布し、プレート境界断層における滑りであることが分かりました(図2、参考文献3)。震源の分布は時間とともに三重県南東沖地震の震源から離れるように沖側へ(プレート境界の深部から浅部へ)移動していることが分かりました。

図2  2016年4月に熊野灘で発生した超低周波地震(VLFE)の分布

図2 2016年4月に熊野灘で発生した超低周波地震(VLFE)の分布
ビーチボールは断層面解を示し、発生日に応じて水色〜紫色で示す。VLFEの震源は時間の経過とともに相対的に沖側へ(プレート境界の深部から浅部へ)移動している。プロットの範囲は図1に示す点線の範囲

3.超低周波地震と同時に観測されたスロースリップ

 VLFEの発生と同時に、長期坑内観測システムによって、プレート境界でSSEが起きていたことが分かりました。長期坑内観測システムとは、国際深海科学掘削計画 (IODP)の掘削孔内に地震計や地殻変動センサーを設置し、DONETに接続することで海域での地殻活動をリアルタイムで観測するシステムです。SSEは長期孔内観測システムで計測した地殻内の間隙水圧の変化によって捉えられました。間隙水圧の変化はSSEの断層滑り量に比例すると考えられます。間隙水圧の変化とVLFEによる累積モーメント解放量を比較すると、4月3日以降両者は非常によく似た時間変化を示すことが分かりました(図3、参考文献3)。さらに、両者の最終的なモーメント解放量(=断層すべりの総量)が同程度であることも分かりました。
 これらの結果から、三重県南東沖地震の後に南海トラフで起きたVLFEとSSEが、共通のプレート境界断層滑りによって発生していた事が明らかになりました。また、同時に発生したLFTの震源を詳しく調べたところ、VLFEと同じ震源で発生している事が分かりました。すなわち、これらの現象は同じプレート境界浅部の断層滑りを違った窓(周期帯)で見ている、という事が分かったのです。プレート境界深部で起きるスロー地震については同様の事が指摘されていましたが、浅部のスロー地震については今回初めて明らかとなりました。2015年に発生したスロー地震についても同様の事が言えることが分かりました。このようにプレート境界で発生するスロー地震について統合的に調べることで、その発生メカニズム解明とプレート境界地震との関係がより明確になると期待されます

図3  浅部超低周波地震の累積モーメント(断層滑りの総量;赤線)と長期孔内観測システムによる間隙水圧(青線)の比較

図3 浅部超低周波地震の累積モーメント(断層滑りの総量;赤線)と長期孔内観測システムによる間隙水圧(青線)の比較

4.スロー地震発生メカニズムの統合的理解に向けて

 今回、熊野灘で発生したスロー地震のメカニズムが詳しく分かりましたが、南海トラフ浅部ではそれより西の室戸沖や、日向灘でも繰り返しVLFEやLFTが発生していることが分かっています。しかし、海域での地殻変動観測は容易ではないため、これらの地域で同様にSSEが発生しているかについては分かっていません。またプレート境界の浅い側でなぜスロー地震が発生するのか、そのメカニズムについても詳しく分かっていません。今後さらに詳しい観測とデータ解析や数値シミュレーションによってスロー地震の発生メカニズムを明らかにし、プレート境界の摩擦特性や応力の蓄積度合い、その時間変化などを知ることが出来れば、巨大地震の準備過程を詳しく知ることが出来るようになるかもしれません。そのためには、スロー地震の発生メカニズムについてさらに詳しく研究し、統合的に理解していく必要があります。

5.おわりに

 今回の成果によって、プレート境界浅部で発生する一連のスロー地震が共通の断層すべりによるものであることが明らかになりました。今後観測データをより詳しく解析し、また新しい観測網を展開することで、さらにスロー地震発生のメカニズムが詳しく分かってくると期待されます。また、巨大地震の震源域より深い側で発生するスロー地震との相違点を調べていくことで、スロー地震だけでなく、通常の巨大地震を含めた、統一的な地震発生メカニズムが解明され、地震防災に役立てられる事を期待しています。

参考文献
1. Maeda, T., and K. Obara (2009). Japan, J. Geophys. Res., 114, B00A09, doi:10.1029/2008JB006043.
2. Obara, K., S. Tanaka, T. Maeda, and T. Matsuzawa (2010). Geophys. Res. Lett., 37, L13306, doi:10.1029/2010GL043679.
3. Nakano, M., T. Hori, E. Araki, S. Kodaira, and S. Ide (2018). Nature Comm. 9, 984, doi:10.1038/s41467-018-03431-5.

中野氏

中野 優( なかの まさる )
国立研究開発法人海洋研究開発機構 地震津波海域観測研究開発センター 地震津波予測研究グループ 特任技術研究員
名古屋大学大学院理学研究科地球惑星理学専攻博士後期課程修了 博士(理学)
名古屋大学大学院工学研究科助手、同環境学研究科助手、防災科学技術研究所契約研究員を経て2010年より現職。DONETには構築当初から携わり、観測データを用いた南海トラフの地震活動やスロー地震の解析などを行っている。

(広報誌「地震本部ニュース」平成30年(2018年)冬号)

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