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(広報誌「地震本部ニュース」平成30年(2018年)冬号)
地震・津波の評価には、最大クラスのイベントを想定する決定論的評価と大きさ別の発生履歴から構築する確率論的評価の2種類があります。海溝型の巨大地震に関しては、どちらの評価にも津波堆積物から得られる過去の津波についての情報が利用されています。2011年東北地方太平洋沖地震の直後、地震・津波の評価における津波堆積物の必要性が再認識され、津波堆積物の調査が各地で一斉に進めれました。
しかし、津波堆積物の活用にあたっては、十分なデータの吟味が必要です。2011年の津波で残された津波堆積物を詳しく調べると、産状は地形や環境によって様々であり、津波堆積物の層厚と津波の高さとの関係は単純でないことが確認できました。さらに地表に形成されてから土壌に覆われるまでの数年間で、自然環境下でも痕跡が消えてしまったり層厚や堆積構造が変化するケースがあることもわかりました。古い時代の津波堆積物を発見して信頼性の高い情報を引き出すには、やはり時間をかけて地道に調査するしかないのです。とはいえ、防災に活かすにはスピードも大事なので、信頼性の高い地質情報はできるだけ早く地震・津波の評価に活かすべく、手法の確立や体制作りも並行して進められています。
津波堆積物の調査から地震・津波の評価にいたる流れを、図1に示します。当然ですが、津波堆積物を探して認定することが第一です。北方領土や日本海沿岸など、この地域のデータが欲しいと意識して進められる調査もあります。津波堆積物が見つかれば、過去に津波が来たことがわかり津波の危険性を認識できることになります。複数の津波堆積物があれば、津波が繰り返したことがわかります。新たな調査に基づく津波堆積物の認定は、提案されている調査法や認定手順を参考にしながら、それぞれの地形や環境を考慮して行います。一方、すでに公表された津波堆積物情報に対しては、2017年に客観的な評価を加えたデータベースが公表されました。古文書などから得られる津波痕跡データベースとリンクしているので便利です(http://irides.tohoku.ac.jp/project/tsunami-db.html)。こうしたデータについても、重要と思われる場所や情報については、今後最新の知見をもとに再検討・再調査して信頼性を高める仕事が必要になってくるでしょう。
図1 津波堆積物の調査と地震・津波の評価の流れ
第2のステップは、津波の規模を決めることです。津波の規模は、津波堆積物の分布範囲から推測します。しかし、2011年の津波堆積物を仙台平野などで調べた結果、遡上距離2kmを越える場所では津波の遡上限界は砂からなる堆積物の分布限界は明らかに異なることがわかりました(図2)。この差は、年月を経て津波堆積物が風化するとさらに開くと考えられます。また、津波堆積物の調査は間隔をあけてピットを掘って行うので、堆積物が何層かある場合には、観察される層をピット間で繋げながら追跡する必要があります。これを地域内対比と呼びます。地域内対比は、各層の年代を精度よく決めるか、砂層の特徴を丁寧に比較して行います。うまく遡上限界が推測できたら、津波が起きた時代の海岸線を推定して津波の遡上距離を決めることになります。ある場所で複数の津波堆積物を認定し、それぞれの年代と遡上距離がわかれば津波のハザード曲線を描くことができます。最近、ロシアの研究者がカムチャッカのアバチンスキー湾で求めた結果を図3に示します。年代推定や海岸線の復元には、何枚もある火山灰層を利用しています。環境は違いますが、データが増えれば日本でもこうした評価が可能になると思われます。
図2 | 津波堆積物(厚さ5mm以上の砂を残す)の分布(縦軸)と津波の遡上距離(横軸) |
(Abe et al.(2012) SedimentaryGeology に加筆) |
図3 | 津波堆積物の内陸分布距離(縦軸、m)と発生間隔(横軸、年) |
(Pinegina et al.(2018) PAGEOPH に加筆) |
さて次のステップは、津波の痕跡から断層モデルを構築して地震の評価につなげることです。離れた場所で認定した津波堆積物は、年代が一致していれば一つの地震により形成されたものである可能性があります。これを津波堆積物の広域対比と呼ぶことにします。広域対比には、歴史時代のイベントについては文書記録との整合性が、また地震による地殻変動の痕跡が見つかればそれらとの同時性も利用できます。北海道の千島海溝沿いで発生する超巨大地震津波(17世紀型)のハザードマップは、津波堆積物の分布を説明する地震の断層モデルを考え、それから津波を計算して描かれました。ただ、北海道太平洋岸では、内浦湾から根室半島まで広い範囲で17世紀の津波堆積物が見つかっています。どの範囲にある津波堆積物を一つの断層モデルで説明しようとするかにより、津波の浸水域は大きく変わります。広域対比を客観的に行うには、高精度な年代データが必要なのです。
このように津波堆積物の年代を決めることは、津波や地震の発生間隔を知るためだけでなく、津波堆積物の地域内対比や広域対比にも重要な課題となっています。津波堆積物の年代推定には、放射性炭素年代測定法がよく用いられます。イベント層の上下にある泥炭層の年代をこの方法で決め、イベントはその間に発生したとするものです。図4は、北海道浦幌町で識別した複数の津波堆積物(右図)とそれらの年代(左図)です。ここでは、津波堆積物を挟む泥炭の炭素同位体年代を細かく連続的に求めたことで、津波が発生した年代を精度よく決めただけでなく、泥炭層に年代ギャップがないことも示しています。津波の発生間隔を評価するには、津波が起きていない期間を見極めることも大事なのです。
図4 | 北海道浦幌町のトレンチ壁面(左図)に見られる津波堆積物(layer 1-8)と津波堆積物を挟む泥炭の年代 |
(右図、Ishizawa et al.(2017) J. Geochronology) |
津波堆積物は、地震・津波の評価に欠かせないデータです。この評価の精度を上げるには、津波堆積物から得られる情報を高度化・高精度化することが必要です。課題としては、年代決定の高精度化、遡上距離を推定するための分布限界の評価と海岸線の復元、地殻変動や環境変化との同時性の検討が挙げられます。どれも研究が進められているテーマです。今後の成果とそれを利用した評価の進展に期待しています。
西村 裕一
北海道大学大学院理学研究院附属地震火山研究観測センター准教授
北海道大学理学部地球物理学科卒業、同大学院修了、博士(理学)
専門は地震学,古地震学
(広報誌「地震本部ニュース」平成30年(2018年)冬号)
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