史料を用いた歴史地震の研究
日本列島で近代的な観測機器を使用した地震観測が開始されたのは、明治時代の初めです。これに20年ほど遅れて、地震について記された史料の収集と編纂が始められ、以来、歴史地震の研究は1世紀以上にわたって実施されてきました。その研究成果の一つとして、史料に記された地震の記録を基に、日本列島とその周辺地域で発生した千数百年間にわたる被害地震のカタログが作成されています。史料は、観測機器による記録をはるかに凌駕する長期間にわたって現存しているため、このカタログには飛鳥時代から江戸時代までに発生した被害地震が数多く含まれています。これまでにこの被害地震のカタログは、南海トラフで繰り返し発生する巨大地震の発生間隔の解明や、内陸の活断層における活動履歴の評価に役立てられてきました。
歴史地震の研究の基本になっているのは、観測機器によって測定された地震波形ではなく、人によって和紙に墨で書かれた古文書などの史料です。歴史学で用いられる史料は基本的に文字で記されており、編纂物・日記・文書・絵図といった幾つかの種類に分類できます。歴史地震の研究に利用される史料としては、歴史書のような編纂物、公家や僧侶によって記された日記などがあります。古文書は、厳密には差出人と受取人と日付が明かな公文書を示しており、記述内容について信頼性が高い史料です。後世に残すことを目的として公家や僧侶の手で記された日記は、歴史学では半ば公的な史料として取り扱われており、被害地震だけでなく日々の天気や有感地震も記録されています。日記は、事象の発生から時間を経ることなく記されているために信頼性の高い史料です。
貞観11年(869年)に発生した貞観地震について記されている史料は、平安時代に編纂された『日本三代実録』という歴史書です。古文書や日記は、歴史学では一般的に一次史料とされ、一次史料に基づいて作成された歴史書などの編纂物は二次史料とされています。さらに、歴史書を基にして作成された年代記や雑録といった編纂物は三次史料とされており、歴史学では参考程度に用いられ、事象を検証する基本史料として使用されることはありません。歴史学では基本的に一次史料を使用しますが、一次史料が現存しない場合には二次史料を使用します。貞観地震が発生した平安時代初期の一次史料は現存していませんので、二次史料である『日本三代実録』が唯一の史料となります。この歴史書に貞観地震の記述がなければ、大地震・大津波が貞観11年5月26日の夜に発生した事実について、現代の我々は知ることができませんでした。
歴史学では、二次史料しか現存しておらず史料が限られている場合、記述内容の分析からその史料の成立過程を検討し、できるだけ史料記述の信頼性を確認するように努めます。また、史料が複数現存している場合、史料の内容や出所・由来・伝播の経路などを吟味する史料批判に基づいて史料を選定し、記述内容の信頼性が確認された史料のみを使用します。そうしなければ、史料を用いて歴史上の事象を検討する際に、誤った結果を導き出すことになるためです。
歴史学の研究も、地震学における歴史地震の研究も、同じように史料を用います。そのため、歴史学の場合と同様に歴史地震の研究にも、史料の取り扱いに慣れた歴史学者の協力が不可欠です。これまでも歴史地震の研究において、歴史学者と地震学者の協力はなされていたかと思います。歴史地震の研究が注目されている昨今の状況をみるに、今後は学術的な妥当性を有する歴史地震の研究が必要になってくるでしょう。そのためには、歴史学者と地震学者が協力して、お互いの研究手法を尊重した歴史地震の研究を実施していくのが望ましいと考えます。
- 西山 昭仁(にしやま・あきひと)
- 東京大学地震研究所地震火山噴火予知研究推進センター特任研究員。
2007年大谷大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。
大谷大学特別研究員を経て2009年より現職。
専門は日本近世災害史、歴史地震。
(広報誌「地震本部ニュース」平成27年(2015年)冬号)