海上保安庁は昭和23(1948)年5月の発足以来、国民が安心して海を利用できるよう、関係国との連携・協力関係の強化を図りつつ、海上における船舶の航行安全、 海難救助、犯罪捜査、環境保全、災害対応、海洋調査等の活動をしています。その中で、海洋調査を担当する海洋情報部の歴史はさらに古く、明治4(1871)年までさかのぼります。海洋情報部の仕事も海図を作るための水深測量や海流・潮汐観測、海洋汚染調査からデータの管理・提供まで多岐にわたりますが、ここでは主に地震調査に関連する仕事について紹介します。
平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震のように甚大な被害をもたらす巨大地震の多くは日本列島を取り巻くプレート境界である海溝域で発生するため、海域の震源域近傍における観測は非常に重要です。海域での観測は測量船を含む特別な機器装備を必要とし、また技術的困難も多くありますが、私たちは、航海安全のための海洋観測の知識・経験・能力を生かし、海域での地震に関連した調査を継続して実施しています。
ここでは、まず、最近の海底地形および地震学的構造調査の成果について紹介します。特に目覚ましい成果をあげている海底地殻変動観測については、P28〜P29でより詳しく説明します。
このほか、日本周辺のプレート運動とそのゆらぎを把握するため、和歌山県にある下里水路観測所において人工衛星レーザー測距観測(SLR)の通年観測を実施しています。また、全国20か所の験潮所で記録された潮位データをリアルタイムで公開しています。
東北地方太平洋沖地震を受け、海上保安庁および海洋研究開発機構(JAMSTEC)において、1985年から2010年にかけて主にマルチビーム音響測深機で取得した日本海溝域を中心とする東北沖の海底地形データセットを取りまとめました。図1(左)は、すべての水深データを統合した150?300m間隔のグリッドデータ(海域のみ、陸域のデータはSRTMによる)から作成した海底地形の陰影図です。これらのグ
リッドデータを用いて、図1(右)のような、左目が赤、右目が青の立体メガネをかけて見ると、飛び出して立体的に見えるアナグリフ図を作ることもできます。このような図を利用することで、断層運動や地滑りなどに関連した変動地形を検出することが容易になります。
一方、東北地方太平洋沖地震による強い地震動や大津波は、海岸・沿岸域の地形を大きく変化させました。航行船舶の安全を確保するために、海図を早急に改訂する必要があります。ここで、陸域から浅い海域の水深を連続的に効率よく広範囲に取得できる航空レーザー測深機を使用した測量が大きな威力を発揮しました。図2には、宮城県仙台市名取川河口付近の海底地形図を示します。海岸に沿って敷設されていた防波堤が河口の北側で破壊されていますが、そこでは砂浜の海底が津波によってえぐられている様子を詳細に把握することができます。
このほか、沿岸域で非常に詳細な海底地形データを得ることにより、海域の断層の活動に伴って形成された地形の存在を検出した例を示します。福岡県の北方沖では、福岡県北部に位置する西山断層帯の延長海域において、断層運動に伴って形成されたと考えられる高まりや溝などの地形を約30kmにわたって捉えることができました(図3)。断層帯がさらにどこまで延長るかの特定や断層の将来の活動予測のためには、より北西域での地形や地層内部の調査が必要となりますが、今回得られた精密な地形データは、それらのための重要な基礎資料となります。
上述の測量によって得られた海底地形データのほとんどは、「海の相談室」(http://www1.kaiho.mlit.go.jp/JODC/SODAN/annai.html)を通して提供しています。これらのデータを、変動地形の解析や津波シミュレーション、あるいは今後の調査計画の策定などに、ご利用ください。
日本の排他的経済水域(EEZ)の基盤的な情報を得るための調査の一環として、南西諸島海域の地形および地殻構造調査も行っています。 図4(左)にはこれまでに実施した、反射法および屈折法地震探査測線の位置を示しました。
図4(右)には、ECr10測線南東端の海溝付近のマルチチャネル地震反射断面とP波速度構造モデルを示します。フィリピン海プレート上
にある古島弧起源と考えられる奄美海台が、その凸凹した地形の高まりとともに、南西諸島海溝下に沈み込んでいくイメージを明瞭に見ることができます。南西諸島海溝域は、日本海溝や南海トラフの沈み込み帯に比べて圧倒的に情報量が少ない海域ですが、これらの調査が地震発生評価のための今後の詳細な調査の基盤となります。
(広報誌「地震本部ニュース」平成23年(2011年)10月~平成24年(2012年)1月合併号)