文部科学省では、再来が危惧されている南海トラフ巨大地震、具体的には東海、東南海ならびに南海地震の同時発生を含めた連動性を評価する目的で「東海、東南海および南海地震の連動性評価研究」プロジェクトを平成20年度より5か年計画で進めています。本研究プ
ロジェクトは、「調査観測研究課題」および「巨大地震の再来予測の高度化研究課題」からなる理学的研究を主としたサブプロジェクト1と、地震津波の被害想定の高精度化や避難・復旧復興対策への貢献を目的とした防災減災に直結した工学、社会科学的アプローチからなるサブプロジェクト2で構成されています。また、南海トラフは日本の地震津波災害の最大級の課題であり、本研究プロジェクトでは、今後期待される「京」コンピュータの成果や地震・津波観測監視システムである「DONET」データ、ならびに地球深部探査船「ちきゅう」による南海掘削成果などを最大限に活用し、南海トラフ巨大地震の連動性評価を推進します。
ここでは、これまで得られた調査観測研究成果について紹介します。
南海トラフの震源域の地下構造や地殻活動を明らかにする調査観測研究では、南海地震震源域の西方への拡張を評価するための地下構造調査を実施しました(図1)。地下構造調査研究では、宮崎沖の九州パラオ海嶺の延長構造、つまり日向灘沖と南海地震震源域西端と想定されている足摺岬沖の構造では地殻の厚さや媒質が異なっていることが分かり、その間には遷移帯に相当する構造が存在していることが明らかになりました(図2)。
津波履歴調査結果から大分県佐伯市の龍神池に1707年宝永地震の時代に相当する津波堆積物が発見され、この池に宝永地震の際に津波が押し寄せたと仮定した場合、足摺岬沖から日向灘沖東部まで震源域が拡大する必要があることが津波シミュレーションからも支持
されました。このことは、これまでの東海、東南海ならびに南海地震震源域に加え、日向灘までの連動発生の可能性が示唆され、地下構造評価からも拡大連動を否定する結果はなく、むしろ九州パラオ海嶺構造が連動発生の西方境界の可能性を示しています。また、土佐湾
沖深部構造の評価結果でも反射面を示唆する構造要因も抽出されました。1946年南海地震データ解析から得られている土佐湾沖深部のアスペリティ—との関連も今後議論が必要です。
本研究では先行研究として、宮城沖地震の想定震源域に地震計や水圧計を設置して切迫度が高まっている宮城沖地震前後の地殻活動を捉えるための観測も実施していました。この観測によって2011年3月11日発生した東北地方太平洋沖地震の貴重なデータが得られました(図3)。一方で、東北地方太平洋沖地震が本研究に大きな影響を与えたことも事実です。つまり、それまで東北沖の日本海溝軸近傍では安定的に太平洋プレートが沈み込んでいたと考えられていましたが、3月11日の東北地方太平洋沖地震では、日本海溝軸周辺が大きく滑りました。これに加えて、宮城沖想定震源域をはるかに凌ぐ広域な領域が破壊したことは、東海、東南海、南海地震の3つの震源域が連動する南海トラフ巨大地震が、これまで想定されている各震源域の足し算による連動発生ではない可能性があることが示されました。つまり南海トラフのトラフ軸周辺域から陸域深部までの広域な領域を震源域として視野に入れる必要があることを意味します。このため低周波微動や低周波地震ならびにスロースリップといった地震活動が推察される領域の評価も重要となります。南海トラフの連動性研究では、紀伊半島を中心とした地震活動観測や陸域観測から得られる海域の低周波微動評価研究も進めています。これまでに、日向灘沖での浅部低周波微動の発生域をより詳細に把握することができています(図4)。また、紀伊半島沖では、東南海地震と南海地震震源域の境界域にあたる潮岬沖の東西でその地震活動が大きく異なり東南海地震震源域では通常の地震活動が非常に低いことが分かりました(図5)。
DONETの沖合観測によって、これまでは詳細に把握されていなかった微小地震活動が明らかになったことや、別プロジェクトの広帯域地震計を用いた機動的観測の結果、低周波地震の分布が熊野灘沖合のプレート境界浅部に分布していることも明らかになりました。また、南海掘削で得られた試料分析の結果でも熊野灘沖合の浅部のプレート境界で過去にすべりが発生したことを示唆する試料内の温度変化の履歴が確認されました。
これらをまとめると、調査観測研究成果として、連動性評価の観点から東海、東南海、南海地震震源域に加え、日向灘までの連動域延長の可能性、ならびに東南海地震震源域の沖合、つまりフィリピン海プレート沈み込み開始域までの震源域の拡張の可能性が示されました。
今後の課題として、南海トラフ全域での沖合の沈み込み開始周辺での詳細構造や地震活動研究と併せたすべり履歴や海底地殻変動評価が必要です。
次回は巨大地震の再来予測研究課題の成果を紹介します。
(広報誌「地震本部ニュース」平成23年(2011年)9月号)