「丈夫な家具に身を寄せる」、「グラッときたら火の始末」、「慌てて外に飛び出さない」など、昔から標語として普及している地震時の推奨行動の有効性について、「地震防災研究を踏まえた退避行動に関する作業部会」において科学的な根拠に基づいた検討が行われ、地震時に人命を守るための退避行動等の提言を含む報告書が平成22年6月にとりまとめられました。
5月号では、作業部会での検討方法や地震時に人命を守るための退避行動等(提言)についてご紹介しましたが、今号では、その提言につながった「これまで推奨されてきた退避行動の検証」及び「退避行動を検討または実施する際に留意すべき基本的な考え方」について紹介します。その場に合った適切な退避行動を事前に検討したり、実際の地震時に行ったりする際には十分に参考にしてください。
これまで推奨されてきた退避行動のうち、「丈夫な家具に身を寄せる」、「身を隠して頭を保護する」、「地震を感じて慌てて外へ飛び出さない」、「グラッときたら火の始末」について、既往研究の内容と比較した上で、その有効性を検証し、その留意点を整理しました。
(1)「丈夫な家具に身を寄せる」行動についての留意点
・安全そうな家具でも転倒する可能性があり、安易に近づくと危険性が増す場合がある。
・地震時に動けない場合、「丈夫な家具に身を寄せる」という先入観が遠くの家具に身を寄せる等の無意味な行動を行う等マイナスに働く場合がある。
・その場の特性に合わせて、「丈夫な家具に身を寄せる」ことよりも安全な行動があるか事前に検討しておく必要がある。 等
(2)「身を隠して頭を保護する」行動についての留意点
・頭を保護するものが近くに無い場合、それを取りに動くと危険が増大する場合がある。
・机の下に身を隠すといったものを除き、具体的行動がイメージできない場合がある。 等
(3)「地震を感じて慌てて外へ飛び出さない」行動についての留意点
・建物が倒壊して生存できる空間がなくなるような場合、死傷につながる可能性がある。
・旧耐震基準で建築された建物等耐震性の低い建物の場合、地震時に倒壊して圧死してしまう場合がある。
・新耐震基準に適合した建物では、建物が倒壊することによる危険性より、外に飛び出す行動に伴う危険性の方が大きい。 等
(4)「グラッときたら火の始末」行動についての留意点
・自動的に消火する機器の装備(都市ガス・LPガスは震度5 弱程度でガスを遮断)にもかかわらず、とっさの行動で火を消しに行き、命を守る退避行動が行えない。
・大きな揺れの際、火を始末する行動は負傷や火傷を誘発する懸念があり、推奨行動として妥当とは言えない。
・目前に火があり簡単に消火可能な場合に限り、小さい揺れのうちに火の始末をした方が良い場合もある。 等
これまで推奨されてきた退避行動を検証する中で、地震時に安全な場所にいたにもかかわらず、退避しようとして危険な場所に移動し負傷する等の事例がある一方で、動けないような大きな揺れの際に、たまたま安全な場所にいたため、家屋が倒壊しても命は助かったという事例もあるなど、各人の安全性は置かれた環境等の条件に大きく影響を受けることが分かりました。このため、地震時に適切な退避行動を行うには、自分のいる場所の状況を適切に把握した上で、揺れの大きさ、個人の役割、直前の行動等や、地震時の揺れによるその場の物理的環境の変容と自分の生理的・心理的な変化を踏まえて、その場所がどの程度、安全または危険なのかを判断し、最も人的被害が軽減されると判断される行動をとることが望ましいと言えます。
一方で、地域によって、特徴的な建築様式や間取り等が異なり安全な空間が異なる場合があること、地震に伴って津波、地盤の液状化、地すべりなどのハザードが発生し、主要動が収まった後のとるべき退避行動が異なることなどに留意する必要があります。
このように、現状において推奨する退避行動は万能なものではなく、条件によっては不適切となるものを含むものとの認識の下、適切な退避行動を検討したり行ったりする際には、以下の点を十分に踏まえることが必要であると考えられます。
【退避行動を検討または実施する際の留意点】
・その場所がどの程度安全かを適切に判断し、最も人的被害が軽減すると判断される行動をとることが適切。
・現状ではこの退避行動の方がその退避行動より被害率が低いなど確率論的な説明しかできないことに留意する必要。
・退避行動は、助かる(死傷しない)確率の高いものをできるだけ端的に整理することが重要。
・地震時の退避行動を考える際には、安全な場所(安全空間)とセットで考えておくことが重要。
・建築様式や地盤条件など地域特有の条件を十分に踏まえることが重要。
・その場所がどの程度安全かを適切に判断し、最も人的被害が軽減すると判断される行動をとることが適切。
・現状ではこの退避行動の方がその退避行動より被害率が低いなど確率論的な説明しかできないことに留意する必要。
・退避行動は、助かる(死傷しない)確率の高いものをできるだけ端的に整理することが重要。
・地震時の退避行動を考える際には、安全な場所(安全空間)とセットで考えておくことが重要。
・建築様式や地盤条件など地域特有の条件を十分に踏まえることが重要。
<参考> 安全空間の考え方
地震時に安全な場所にいた場合には負傷率が低く、危険な場所にいた場合や、地震時に安全な場所から危険な場所に移った場合に負傷率が高い傾向があることから、地震時の退避行動を考える際には、安全な場所(安全空間)とセットで考えておくことが重要です。これまでに安全空間についての研究事例が少なく、現状における安全空間の定性的な考え方を示します。
①屋内の安全空間
屋内の安全空間とは、倒れやすい家具、什器・調度品等が周囲になく、天井や家具の上から落下物が飛んで来たり、窓ガラスの破片が飛んで来たりしないような場所等(廊下等)を指します。しかし、地震時には人間の行動能力が低下するため、廊下等でつまずいて転ぶなど、安全空間でも危険空間になり得ます。また、耐震化や家具類の固定、ヘルメットを地震時にすぐに活用できるよう事前に備えておくことなどにより、危険空間でも安全性が増すと考えられます。
②屋外の安全空間
屋外の安全空間とは、倒壊する可能性が高い建物が周囲になく、落下物が想定されない場所や、地すべり、山崩れ、崖崩れ、斜面崩壊、津波等の影響を受けない場所を指します。
■報告書につきましては、以下のサイト(文部科学省ホームページリンク)をご覧ください。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/sonota/1294461.htm
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/sonota/1294461.htm
(広報誌「地震本部ニュース」平成23年(2011年)6月号)