都会の夜を一番はなやかに演出するのはクリスマスのこの時期だろう。凛とした冬の空気の中で、屋上を示す赤のライトがリズミカルに点滅する、高層ビル群の眺めがひときわ映える季節だ。僕のオフィスから見える東京スカイツリーのライトアップが、今から待ち遠しい。
ロマンチストね、大地くんは。でも確かに東京の夜景はきれいよね。
都会もいいもんだ、なんてこの季節は思います。あれだけの高層ビル群は壮観ですよ。
暗い話で恐縮だけど、その高層ビルばかりが襲われる地震動があるのを知っていますか?
ふつうの家屋では被害がなく、高層ビルでだけ被害が出る、ということですか? そんなこと起こるわけがないでしょう。
起こるのよ。都会で暮らすには、まずは「長周期地震動」を押さえましょうね。
レイ先生は石油タンクが出火している写真を持ってきた。横に2003年十勝沖地震、と書いてある。
2003年9月26日の十勝沖地震は気象庁マグニチュードで8.0、新冠町などで震度6弱を記録しました。さらに最大で4mもの津波が到来して、行方不明者2名を出しました。
この石油タンク火災はその時に発生したものなのですね。
そう。でも、これらのタンクがあった場所は苫小牧なのです。
十勝沖から苫小牧って250kmは離れていますよねえ! いったい何で?
石油タンクや高層ビルなどの大きな構造物を揺らす地震動が「長周期地震動」です。震源近くでの通常の地震動と違って、大きくゆったりとした揺れが長く続きます。この時は、石油タンク内で液面が動揺する現象「スロッシング」が起きて、ついには火災となりました。
へええ。でもその「長周期」ということと「大きな構造物」ということとはどう関係するんですか?
いい質問ですね。構造物には揺れやすい周期というのがあって「固有周期」と呼ばれています。例えば木造住宅なら0.1〜0.5秒くらい。
新しいか古いかにもよりますし、何階建てかにもよります。
構造物にとって弱点になる周期、ということでしょうか。
そう。固有周期は建物の高さが高くなるほど長くなり、大地くんがその夜景をたたえる新宿副都心の超高層ビルでは数秒程度と考えられています。
先ほどの石油タンクの火災は、まさにその固有周期の揺れが、十勝沖地震によって発生したために起きたということですか?
それだけでは長周期地震動は起きません。ある条件がそろった時だけ、起きるのです。
まずはマグニチュードの大きな地震の発生が条件ですよね。大きな断層面を持つ地震でないと長い周期の波は発生しません。(断層面については、謎解き地震学No.7『断層面とアスペリティ』を参照。)
ええ。①震源、②伝播、③地盤、のそれぞれに条件があります。震源に関しては、被害の出るような大きくて浅い地震であることが条件です。それから③の地盤については、平野や盆地などの堆積層が厚い場所。
②の伝播というのは?
長周期のエネルギーを保ったまま地震波を伝えるような経路が存在することも条件であることが、新たにわかってきました。
これらの条件がそろうところに固有周期の長い構造物があると、平野や盆地内での長周期の地震動と共振して長く大きな揺れが続き、被害が出るわけですね。浅くて大きな地震、平野や盆地、高層ビル、日本の都市のほとんどは条件の①と③が該当してしまいます。例えば海溝沿いの巨大地震で今後の発生確率が高い東海地震や東南海地震・南海地震などが起きた場合はどうなのでしょう。あとは②の伝播経路がそろってしまうと、首都圏をはじめとして日本は大変なことになります。
残念ながら、その伝播経路となるものがあります。「付加体」です。
付加体?
海洋プレートの上面には海底の柔らかい堆積物がつもっています。プレートが沈み込むとき、それらはいわば、日本列島にこすりつけられていきます。この部分を付加体と言って、フィリピン海プレートに沿って関東平野まで続いています。この付加体が長周期の波を効率的に伝えてしまうわけです。
そんな・・・首都圏では、一体どれほどの被害が出るのでしょうか。
高層ビルは、ゆったりと長く続く大きな揺れにあっても、倒壊するとは考えにくいと言われています。それよりも家具やオフィスデスクなどの転倒によって室内は大変なことになるでしょう。それからもうひとつ、これなしでは暮らせない、高層ビルに必要なもの、何でしょう?
エレベータ! あれは上下方向に動くことだけが想定されている乗り物だもんな。横方向に繰り返し揺すられたら、損傷してしまう。
それどころか、再開まで使用できないとなったら・・・長周期地震動は、まさに、高層建築物を作るようになった現代の社会を襲う災害です。過去の地震による犠牲から学んだことをすべて活かせたとしても、私たちの生活様式の変化によって、こうして新しい災害が日々準備されているようなものなのです。
災害もまた、時代とともに進化するのですね。でも、長周期地震動による犠牲者は、日本ではまだ出ていないのでしたよね。犠牲者を出す前に、科学と技術で予見できた例なのですね。
そう。だからこそ、次の地震が起きる前に、対策を急がねばなりません。
災害もまた時代とともに進化する、か・・・大地くんの言うとおりだね。ひとつ例を出そう。シンガポールはほとんど地震が起きない都市国家だ。ところが世界でも有数の地震国インドネシアが、すぐお隣にある。震源の浅い巨大地震が起きた時に、シンガポールの地上を歩いている人は全くいつもどおりなのに、高層ビルで働く人たちだけが驚いて、階下の出口に殺到した。
長周期地震動だ。
そう。今や国民の75%が高層ビルに暮らすシンガポールは、その建築を始めた1980年代から突如として地震国になったのだよ。
なるほど。
ところで、免震構造は知っているかい?
はい、地下室に行って、見せてもらったことがあります。地面と建物の間にゴムの柱を入れることで免震装置にしています。ゴムが地震動を吸収することで、地震による揺れが建物に直接行かないように工夫されています。
うんうん。その免震構造は、長周期地震動に対しても威力を発揮するだろうか?
え?
免震構造は、地震による揺れを減衰させているんだ。短い周期の揺れが吸収されることで、結果的に固有周期は長くなるだろう。
そうか。長周期地震動に対しては免震の効果は小さくなってしまう可能性があるのですね。
そのとおりなんだ。だから、とにかく家具を固定することが何よりも大事なんだよ。
まだ日本が経験したことのない災害を明らかにした地震学・地震工学と、その対策を開発してきた耐震工学。次の巨大地震による被害を食い止めることはできるだろうか。地震を相手に戦うことに勝ちはなく、引き分けか負けかしかない学問だ。クリスマスでにぎわう夜景がいつまでも美しく灯る街であることを、僕は強く願った。
(広報誌「地震本部ニュース」平成22年(2010年)12月号)