2009年9月30日午後5時16分(現地時間)、インドネシア・スマトラ島沖合でM7.5の地震が発生し、パダン市を中心に死者1,000名を超す大被害が発生しました。
スマトラ島はインドネシアの西端にあり、面積は日本全土よりも広く、長さは約1,800kmあります。西側沖合のスンダ海溝では、インド洋プレートがスマトラ島の下へ沈み込んでいるため、大きなプレート間地震が繰り返し発生しています(図1)。スマトラ島には火山も多く、島の北部にあるトバ湖は、約7 万4千年前に発生した世界最大級の噴火で形成されたカルデラ湖とされています。また、島を縦断する活断層で
あるスマトラ断層ではM7クラスの地震が頻発しています。このように日本とよく似た地学的環境であることを踏まえ、昨年度から地球規模課題対応国際科学技術協力事業「インドネシアにおける地震火山の総合防災策」を開始しました。この協力事業では、地震・火山噴火の予測という理学的研究、社会基盤の脆弱性に関する工学的研究・社会学的研究、防災教育に関する研究、これらの研究結果を生かすための行政との連携という学際的・総合的アプローチで、両国の将来の地震や火山噴火による被害を減らすことを目指しています。
パダン市は西スマトラ州の州都で、周辺部を含めて人口120万人の大都市です。パダンの沖合は地震空白域とされています。スンダ海溝のプレート境界では、2004年12月にM9.1の超巨大地震が発生しました。
この地震はスマトラ島北端からアンダマン・ニコバル諸島(インド領)へかけて断層の長さ1,300km というもので、それによる津波はインド洋周辺各国を襲い、犠牲者23万人という史上最悪の津波被害が発生しました。またパダンより北のニアス島付近では2005年3 月にM8.7の、パダンより南のベンクル周辺では2007年9 月にM8.4の巨大地震が発生しています。
このようにスマトラ島の沖合ではM8クラスのプレート間巨大地震が次々に発生し、地震の活動期に入っているようです。
ただし、パダンの沖合では1797年と1833年以来M8クラスの巨大地震が発生していないため、近い将来に発生すると考えられています。パダン沖でプレート間巨大地震が発生すると、地震動のみならず、津波による大きな被害が想定されます。パダン市内では、海岸付近の低地に多くの住民が住んでいます(図2)。このため、ハザードマップの作成(図3)や沿岸住民への津波についての教育などが行われてきました。海岸付近には安全な高地がないため、3階建て以上の建物が津波避難ビルとして指定され、大きな地震の際にはそこへ逃げるように指示されてきました。
ところが2009年9月の地震は、想定されていたプレート間地震ではなく、沈み込むプレートの内部で発生したスラブ内地震でした。震源が約80kmと深かったため津波は発生しませんでしたが、突然の地震の揺れを感じた人々は津波を恐れて避難を開始し、市内では大渋滞が発生したそうです。この地震で14万棟もの建物や家屋が被害を受けました。パダン市内では震度5強程度であったと推定されていますが、建物の倒壊によって400名もの死者が出ました。市役所や学校など多くのビルが被災しています(図4,5)。
インドネシアでは建築基準が数回、最近では2002年に改訂されました。このため、2002年以降に建てられた建物の被害は少なかったようですが、建築基準が審査や施工段階で守られていないことも多いようで、大きな建物被害の原因となっているようです。さらに、道路、橋梁基礎の一部などの社会インフラも大きな影響を受けました(図6)。一方、パダン周辺の山間地では地すべりによって約600名の死者が出ました。地震前の数日間に降った大雨によって地盤が緩んでいたところに発生した地震で地すべりがおき、少なくとも5 か所以上で村落ごと埋まってしまったのです。
今回の地震はスラブ内地震であったことから、プレート境界に蓄えられたひずみはまだ解放されていません。パダン沖が地震空白域であることには変わりなく、近い将来の地震発生可能性は依然として高いのです。
我々のプロジェクトでは引き続きパダン周辺で、建物被害の調査、微動測定による地盤構造調査、インドネシアに適した耐震補強法の検討、津波ハザードマップの効果的な利活用、予測される津波の高さを示すポールの建設、植生による海岸での津波の衝撃の緩和の研究、防災教育の実践などを行っていく予定です。
また、スマトラ島の沖合にあるメンタワイ諸島に地震計を設置し、緊急地震速報システムを構築する研究が、防災科学技術研究所とインドネシア気象庁によって開始されています。プレート間巨大地震が予測されている地域でスラブ内地震が発生し、津波の避難場所などに大きな被害が出たことは、南海トラフなどでの巨大地震・津波への防災対策を進めている日本にも教訓となります。
(広報誌「地震本部ニュース」平成22年(2010年)8月号)