地球科学、特に地震の調査研究にとって、陸海の境界域は極めて重要な場所です。しかし、そのような地域は、人々の生活や生産活動にとってもまた、極めて重要なところで、お互いに利害が対立する場合もありますので、沿岸域は研究活動にとって居心地の悪い場所であることが多々あります。地震は陸海境界域に発生する場合が多く、その調査研究にとって、諸現象の陸から海底までの連続したプロフィルを知ることは大変に望ましいことです。
私はそれを可能にするのは航空機であると考えています。本稿では航空機を使った重力探査により、陸上の活断層が海底に向けていかように延び、いかなる性状を有しているかを究明し、地震との関連性を明らかにすることの可能性を述べたいと思います。
私はそれを可能にするのは航空機であると考えています。本稿では航空機を使った重力探査により、陸上の活断層が海底に向けていかように延び、いかなる性状を有しているかを究明し、地震との関連性を明らかにすることの可能性を述べたいと思います。
17世紀のアイザック・ニュートン(Isaac Newton)以来のテーマである重力も、それの応用科学である地震研究にとっては、現在でも極めて新鮮なテーマです。人工衛星とは異なり、航空機は私どもの生活空間に密着しており、地震予測が期待する、距離で10〜30km、時間で10年以内の情報を提供できる手段であると考えます。
筆者が航空機による重力測定に本格的に取り組んだのは1998年でしたが、その当時から日本の長大な海岸線沿いに幅20kmほどの重力無データ域(Gravity Void)が連なっています。その多くの場所が地震頻発帯です。陸上の活断層は比較的良く調べられていますが、海岸線より海側の情報は極めて少ないのです。
図1に航空重力探査システム(上)と、断層と重力異常との関係(下)を模式的に示しました。航空重力探査システムはヘリコプターに搭載された航空重力計とヘリコプターの位置をcmの精度で決めるGPSシステムより成り立ちます。重力測定は100万分の1G(Gは地球の重力の平均値)の精度で測る必要がありますが、航空機の動揺は10分の1Gのノイズを出します。
このS/N(信号対雑音比)=1/100,000という悪環境の中で精密位置変化の時間の2階微分により加速度ノイズを評価し、それを徹底的に除去します。地震の源となる活断層は異質の岩盤の相接するところであり、多くの場合、岩盤の密度が異なります。図には密度2.40
gの堆積岩、2.75gの玄武岩、2.67gの花崗岩が接する断層の例を示しますが、このような断層を横切ると、重力異常は10〜50mgal程度の顕著な変化を示します。空中からこのような重力変化をたどることにより陸海を問わず断層を追跡できると考えます。図2に国産航空重力計S e g a w a / T K e i k i (Tokimec) Airborne GravimeterFGA-1を示します。重力センサーはサーボ型加速度計、鉛直保持は光ファイバージャイロで行います。今日までの実績として、精度1-3mgal、半波長分解能1.5kmが得られております。
2000年4月に埼玉県川越から霞ヶ浦を経て鹿島灘に抜ける測線で、高度2000ft(フィート、609.6m)、片道160kmの往復測定を4回行いました。そのトラックを図3の上部、測定結果のフリーエア重力異常(重力測定値を標高0mの面─ジオイド─上の値に変換して正規重力値との差をとったもの)のプロフィルを下部に示します。第1回から第3回目までが東西の往復測定、第4回目が南西北東の往復測定です。図3はトラックが同じだと皆同じように見えるところがミソで、1-2mgalの差で往復の際のデータの再現性が証明されております。
この測定によるもう一つの成果は、海上重力の精度を客観的に評価したことです。航空重力のプロフィルの中に上向きの矢印があります。矢印が示す点の左側が陸上で、陸上データと航空データとが比較されており、これは良く一致しております(線が1本に見えること)。ところがその右側の鹿島灘の海上では、航空重力と海上重力とが2 股に分かれております。上側のプロフィルは海上重力であり、下側は航空重力です。
この差は10-20mgalもあります。航空重力が海岸線から突然値が小さくなる理由は考えにくいので、海上重力(これは1980年代の測定データですが)が何らかの理由で、プラスの誤差をもっていると考えられます。これが日本において海の重力の誤差を検証した最初の例なのです。
2002年6月に遠州灘に4本の航空重力の測線(間隔5海里)をとりました(図4)。神津島を出発点とし、駿河トラフ(駿河湾口)を横切り、渥美半島までの往復測線です。この測線の狙いは次の通りです。天竜川断裂帯とそれの御前崎分岐帯が陸上測定の重力異常によって明瞭に見えている(図4のマップを参照し図5の赤い縞模様にご注目を)ことを利用し、それらの海底への延長を重力でたどろうとする実
験でした。最北測線(図5の緑線)に沿った重力フリーエア異常プロフィルは天竜川断裂帯と御前崎分離帯の重力異常を明瞭に表し、双子谷()の変化を示しています。南側の青及び赤の測線は渓谷の形ですが、双子谷の姿は良く分かりません。
しかし、さらに南側の黒の測線を良く見ると、最北測線と同じ双子谷が再び見えるではありませんか。天竜川の河口は海底谷を刻み、乱泥流によって海底が乱されていることが想像できますが、基盤の断層はしっかり存在していることが伺われます。ちなみに、最南端の測線は天竜川河口より約24km沖にあり、水深は約750m、海底地形からも双子谷の姿が読み取れます。この付近の天竜海底谷の傾斜は平均2°程度です。海底での断層調査は音波探査や目視調査でもかなり困難です。重力ならではという結果かもしれません。
航空重力測定の精度は低速低空測定では1-3mgal、高速高空測定では5-10mgalと言われています。しかし、地震調査などの目的を考えると、あと半桁の精度向上が望まれます。±0.5mgalが当面の目標です。重力計の安定度、ヘリコプターとのマッチング、測位精度、データ処理法の改善、などがポイントです。今後この目的に向かって体制を固めていくことが重要であると思います。
(広報誌「地震本部ニュース」平成21年(2009年)9月号)