新総合基本施策に基づく新たな地震調査研究がいよいよスタートします。この施策に基づいて、地震調査研究が今後10年間どのように進められ、どのような結果が期待されるか、新しい総合的かつ基本的な施策に関する専門委員会に参加した委員の方々に語っていただきました。
司会 本日はお忙しいところお集まりいただきまして、ありがとうございます。新総合基本施策に基づく新たな地震調査研究がこの春からスタートしました。ご参加いただいた3人の先生には、新総合基本施策の専門委員会にご参加いただき貴重なご意見をいただきました。
この座談会では、今後10年間の地震調査研究のあり方を見据えた上で、最終的に日本の防災・減災にどう活かすかという一番重要な点を含めて、忌憚のない話をお聞かせいただけたらと思います。
平成11年に地震調査研究推進本部(以下、地震本部)は最初の総合基本施策を策定しましたが、この第1期の総合基本施策でも、緊急地震速報を始め様々な成果が出てきました。
まず、専門委員会の主査を務めていただいた長谷川先生にこれまでの10年間でわが国の地震調査研究が実現したことについて、地震学の分野の成果を中心にお話をいただきたいと思います。
長谷川 第一には、活断層や海溝型地震の活動履歴調査が行われ、日本列島全域を対象とした地震発生の長期予測が実現しました。それと強震動予測手法の開発が行われ、それらに基づいて全国を概観した地震動予測地図が一応の完成をみたことが挙げられます。
二番目には、地震情報の早期伝達システムの開発が系統的に行われ、その結果が緊急地震速報として結実しました。
三番目には、地震発生メカニズムの理解が大きく進展しました。海溝型のプレート境界地震については、アスペリティモデルの検証が行われ、どうやらアスペリティモデルが成り立つらしいという段階まできました。
加えて、プレート境界面上で、大地震を起こす固着域(アスペリティ)の周りで低周波微小地震を伴いながらゆっくり滑りが起きていることがわかってきました。これはプレート境界大地震の発生前に、その周囲でプレート間の剥がれがどのように進行していくかという重要な情報を与えてくれる現象だと考えられます。
内陸地震については、GPS観測から歪み集中帯と言われている場所の存在が明瞭に確かめられ、内陸地震の発生メカニズムの理解が進みました。
これらは、第1期の総合基本施策が掲げていた目標です。そういう意味では、地震本部によって推進されてきた地震調査研究は、着実に成果を上げてきたと言えます。
もちろん課題はあります。今述べたような成果が地震被害軽減に有効に役立ってきたかという問題があります。
また、先ほど挙げました地震動予測地図や緊急地震速報は予測の精度が高くないと役に立ちません。ですから、さらに精度を上げるという努力が今後必要になります。このように、この10年、地震調査研究は着実に前進してきたと思っています。
そういった中で津波予測については、少し取り残されたと感じています。津波警報システムは、予算をつぎ込めば予測精度を格段に上げることができたのに、この10年で必ずしもそれほどの進展はなかった。他のものに比べて、そういう思いがあります。その部分も今後の10年で何とかなるように期待したいと思います。
司会 ありがとうございました。次に福和先生にお聞きしたいのですが。特にこれまでの10年間の地震調査研究の成果が、先生の専門の防災工学や他の工学面にどのような影響を及ぼしたのか。
特に福和先生の場合は、地域の防災力向上ということで、いろいろな取り組みをなされていますが、そういう地域での取り組みも含めてご意見をお願いします。
福和 建築や土木工学では、地震国である日本の場合は、どうしても耐震設計が一番重要な課題になります。そのためには、構造物に作用する地震力を的確に捕えることが基本中の基本です。
その地震力を生み出すもとは、地表で評価される地震動になりますから、地震動が正確に評価されるということが、土木や建築において非常に重要であることははっきりしていることです。
耐震設計においても、個々人の防災力向上においても、地域ぐるみの防災対策の展開にしても、基本になるのは、正確な地震動予測になります。そういう意味では、この10年間、地震本部が進めてきた地震動予測精度の向上というのは大変意義のあることだと思います。
ただそれぞれの分野での使い方は随分違っています。例えば、超高層建物や免震・制震構造物をつくる場合では、地震動予測地図のように加工されたデータを使うのではなく、基のデータを使って計算をしますから、KiK−netなどの観測データや堆積平野地下構造調査などによる基礎調査のデータが非常に役に立っています。
つまり、最終的な評価結果というよりは、むしろ基礎データがきちんと取られ、それがあまねく皆に公表されたということが、建築、土木の先端技術を支える意味ではとても重要な事です。
また、ちょうど地震本部の取り組みと同じ頃、中央防災会議では東海地震、東南海、南海地震の問題に取り組んでいて、それが地震本部の成果をうまく吸い上げる形で、連動して政策面でも動いていたということはすごく重要です。中央防災会議との連携という形で、被害予測もされ、地震防災戦略もつくられ、これから10年間で耐震化率90%を目指すという施策にも結びついたということも成果であると感じています。
これから大事になってくることは、大きな被害が予想される所や本当にやってくる地震に対して、具体的に災害被害を減らすための研究に取り組むことだと思います。そのためには、力を入れて取り組むべき地震を絞り込む、また、対象地域もそこが被害にあったら、日本全体が影響を受けるような大都市域に着目して、そこでの被害軽減を特に減らすということを考えるべきです。
司会 わかりました。ありがとうございます。後ほど、社会科学や工学との連携ということについてもお話を聞かせていただけたらと思います。
次に国崎先生からは、危機管理の専門の立場からのお話をお聞かせいただければと思います。阪神・淡路大震災の後、市民の視点からも、地震防災を取り巻く環境がかなり変わってきたと思いますが、ご感想も含めてお話ください。
国崎 阪神・淡路大震災以後における市民の意識の変化ですが、確かに一時的なブームのように、マスメディアも防災関連のニュースを取り上げ、その結果、防災に関連する出版物も次々と出されて、自治体も防災講演会や避難訓練を行い、市民の防災意識の啓発に積極的に努めてきたことで、防災の必要性が社会に認知されてきたと感じます。
一方で、めまぐるしく新しいニュースが行きかう社会において、防災が生活に定着する前に意識が風化するという問題があります。阪神・淡路大震災をきっかけに、防災に関わっていこうと決意した人たちは、毎年発生している大地震への慣れや防災への意識が風化していく社会に、活動の継続に不安を感じたり活動を断念する人も出て来ました。
NPO活動やボランティア活動、ビジネスにおいて「防災」をテーマに社会の意識を向上させることに非常に苦労している現状があります。苦労の末に防災意識を向上させることに成功している地域もありますが、そうでない地域との格差が広がっています。
防災が生活に浸透しなかった理由の一つに情報入手の敷居が高いことが挙げられます。地震調査研究の成果が公表されても、専門の知識を有さなければ理解できない内容であったり、求めている情報の在りかや、たどり着くまでのアクセスの悪さに途中で挫折してしまうことも少なくありません。
全国の県市町村のホームページにおいても、防災に関する情報量は異なり、ハザードマップなどの被害予測情報も、たどり着くまでに時間がかかるホームページもあります。特に、防災などの緊急情報を示す場所がトップページで統一されておらず、各県市町村でバラバラに設置されているため、県境の住居者や転居者は探すのに苦労しています。
地震調査研究の成果や防災情報など、あちらこちらに散らばっている情報を集約し、国民がそれぞれの立場から利活用できる情報提供のあり方を検討する必要があると思います。
司会 ありがとうございました。これまでの成果と具体的な課題もご呈示いただきましたが、これから先の議論はそれぞれの立場で、今後10年間に期待される地震調査研究の成果とそれによって日本の安全、安心がどのように確保されていくかについてお考えを聞かせていただきたいと思います。
まず長谷川先生には、今後10年間に、どのように地震調査研究は進んでいくのかをお話しいただきたいと思います。特に新総合基本施策では、三つの柱を立てて、具体的な方向性が示されています。今後10年間にどの程度成果が出て、どのように国民の安全、安心につながっていくとお考えでしょうか。
長谷川 期待を込めて言わせていただくと、一つは、海域における地震・津波観測網の構築が列島規模で始まって、その結果、海溝型地震に対して、現在のものと比べものにならないほどの高精度な緊急地震速報と津波警報システムが開発されることです。警報の精度が格段に上がれば被害軽減に有効だという認識が定着し、住民の方々の活用の度合いも大きく上がるはずです。
先ほど、福和先生から、対象とする地震を絞り被害軽減を図る必要があるとの話がありましたが、これまでの地震本部の長期予測や中央防災会議の被害想定などからも、今後、国としてどのような地震に対応しなければいけないかということは明白です。
そういった時に、海域でのリアルタイムの稠密地震・津波観測網の構築と、それに基づく緊急地震速報、津波警報システムの格段の高精度化というのは、非常に重要な役割を果たすものと期待します。
二つ目に、陸域の地震に対しても、緊急地震速報の精度の格段の向上が図られるという期待です。今後10年程度を見越せば、現在に比べて極端に安価な地震計が開発されると思います。
例えば、それが緊急地震速報の受信機や何か別のものに付いているというように、いたるところにセンサーが設置され、そういうセンサーからの波形情報がネットワークを通じて即時に配信され主要動がまだ到達していない地域へ配信されれば、千数百点規模のセンサーの情報から発信している現在の緊急地震速報に比べ、陸域で起きた地震に対しても極端に高精度化が図られる可能性があります。
三つ目には、先程申し上げましたように、海底におけるリアルタイムの稠密地震・津波(及び地殻変動)観測網の構築が実現すれば、それをベースにして、プレート境界での滑りの時々刻々の推移、つまりプレート間の剥がれの進行状況が捕捉できる可能性があります。このようなプレート境界の滑りの推移予測システムが試行的に始まることを期待したいと思います。究極のところは、プレート境界地震の発生予測ですが、10年ということを考えると、まだ、そこに至る試行の段階だと思います。
それから、もう一つは、活断層のことです。今後の10年間に活断層調査が更に進展し、活断層の長期予測の精度が向上し、それに基づき作成される地震動予測地図やあるいは活断層基本図が被害軽減に結びつくものになっていることを期待したいです。
司会 次に福和先生にお尋ねします。新総合基本施策では、取り組むべき三つの柱の一つに、地震学と社会科学、工学との連携、橋渡し機能の促進を謳っており、それまでの総合基本施策より、踏み込んで、工学分野との連携を強化しようということになっています。専門委員会では福和先生からもそのような指摘をいただいて、柱の一つとしましたが、改めてその辺の話をお聞かせください。
福和 まず、橋渡し機能の強化と書いたことの良い面と悪い面とがあると思います。橋渡し機能の強化と書いたことによって、地震本部がすべきことは、地震調査研究であって、直接は災害被害軽減まではやらないというように範囲を限定してしまったという側面があります。
しかし、これまでの10年間は地震調査研究についてはすごく充実した成果を上げたので、これからの10年は、それに加えて、より社会を強くするために頑張るという意思表示として橋渡し機能を書いたという面は評価できると思います。
だから、地震本部の役割をどこまで大きく考えるかによって、この言葉を書いた意味が二種類の面で評価されるだろうという印象を持っています。
しかし、なかなか難しいのは、地震調査研究というのは主として理学の人たちが中心で、そこに工学の人達も何分の一か協力して一緒にやっていると思っているのですが、理学で大事にすることと、工学で大事にするものは多少違うところがあります ば、実際に構造物の設計に使われるところまで更に一歩進みます。
建物に関しては先ほど長谷川先生がおっしゃいましたように、ユビキタス的な超安価なセンサーがこれから開発されると思いますから、都市域に高密度なセンサー群を設置すれば、いろいろなことが解明されてくるのではないかと期待します。
もう少し都市の問題に目を向けると、都市というのは複雑怪奇にネットワーク化されているので、個々の単体としての安全性を見ていても仕方がなくて、何かが壊れると、その壊れたものによって、被害が波及していくというもたれ合いの構図を考える必要があります。
そういった高機能型社会における地震動予測、リスク評価とはどうあるべきかという、これまでとは別の視点の考え方も取り入れることが必要だと感じています。
最後に、情報発信についてですが、今の地震本部の出している情報は、研究者や自治体の防災担当行政者向きで、国民一人ひとりには難しくて、わかりにくいという感想を持っています。
ホームページは、国民一人ひとりにとって欲しい情報は何かという目線でつくられることが必要です。例えば、自分の住んでいる場所のハザードやリスクの大きさを、歴史的な地形の変遷や人の住み方の変遷から納得して知ることができるなど、いろいろな情報も交えた形での情報発信があるといいと思います。
そういう情報を使って、今度は地域教育、家庭教育、学校教育などの側面でも使われるとしたら、たぶん同じ研究成果でも、かなり活きてくるのではないでしょうか。この橋渡しの機能の強化、あるいはその次の国民への成果の普及・発信というところは、その中身をどれだけ掘り下げられるかが勝負です。
しかし、報告書の成果普及・発信のところに書かれているのは、残念ながら研究成果の説明会など、作ったものをとりあえず渡すところまでです。ここをもっと踏み込むと、すごくいい成果になると思います。そのためには、やはり一人ひとりが納得感を持ち、自分のことだと思わせるような形での情報発信を強化することが必要です。
司会 ありがとうございました。今、福和先生から国民一人ひとりに成果をいかに届けるかという話をしていただきました。先ほど国崎先生からも、情報の出し方についての問題提起がありましたが、10年の間に新総合基本施策の成果がいろいろ出てくる際には、やはり最終的には国民一人ひとりにちゃんとわかりやすい形で情報提供することが重要です。その様な情報伝達、成果の発信という観点からご意見をお聞かせください。
国崎 私自身、今後10年の成果として期待していることは、やはり緊急地震速報の高精度化と、津波の情報の即時的な発信です。これまでの10年間の研究成果が、国民に対して緊急地震速報を提供することに結びついたというのは、本当に素晴らしいことです。
しかし、こういう情報が、今まで述べられてきたような研究の中から出てきたということを国民は知らないのではないか思います。この10年間にどのような苦労の末に成果として結実したのかという部分があまり見えてこないので、国民にとっては、ある日突然、緊急地震速報を流すという告知をされて戸惑ってしまうのです。
マスメディアからも研究成果の結果として緊急地震速報が出たのだという報道が少なかったのが残念です。これから研究成果を実社会に繋げていく中で、過去においてどのような研究がなされて、私たち国民がその成果をどのような形で享受しているかを、もう少しうまくアピールできるとよいと思います。
緊急地震速報は素晴らしい成果という評価の一方で、社会実装の面で運用のプロセスに大きな課題が残っています。それは研究成果を社会に活かすまでのプロセスを、国がどこまで担っていくかというシナリオを書いていなかたからではないかと思います。運用が開始されてもなお、いまだに通報音の統一の問題が議論されています。
また、精度の問題もさることながら、国民一人ひとりにまで行き渡る情報提供の問題、情報を受けた後の安全行動についての課題、エンドユーザーが購入し利用している端末機の品質の問題など、懸案事項が山積みです。こういった現状を見ますと、今後10年の間に、研究成果を社会実践するまでのプロセスをしっかりと描いていくための検討会が必要ではないかと考えます。研究成果を出したら、後は好きに使ってくださいではなく、様々な課題を検証をしたのち、ガイドラインを設け、社会に出していかなければ、社会は混乱します。
一般利用が開始された頃には、民間企業で、緊急地震速報を利用した情報提供のサービスをビジネスとして立ち上げた会社は多かったのですが、今現在成功している事例はあまり聞きません。民間の調査機関によると、緊急地震速報提供サービス事業から撤退する企業が多く、現在残っている企業でも品質を維持している企業は数社しかないとのことです。その数社でさえも大変苦労していて、赤字状態ということを聞きます。製品を作った後に決められるガイドラインに振りまわされる中で、開発費も膨らみます。防災はビジネスにつながらないという状況は深刻な問題で、撤退していった会社も含めて、防災に手を出すとリスクが大きいということが教訓として残ってしまっています。
一般の人にアプローチするには、やはりユニークで独創的な手法が必要で、それに長けている民間企業が参画することは今後の地震調査研究の成果普及の上で重要です。そういう意味から、津波の即時情報などの利用も同じ道をたどらないように、社会実践のプロセス、シナリオをしっかり考えておくことが、社会への橋渡しにもつながっていくと思います。
橋渡し先は民間企業にも広げ、共同研究や開発を強化しビジネスの側面からの多様なアプローチで国民の意識向上を目指していくことも重要だと考えます。
司会 ありがとうございました。次に、新総合基本施策では、人材育成の話や国際協力の話も盛り込みました。特に人材の議論というのは、いろいろな意見も出て、かなりのウエイトを占めました。
また国際協力についても日本は地震調査研究の先進国ですから、海外との連携ということも重要になってきます。特に中国は四川の大地震からちょうど一年経ちますが、日本の地震調査研究や防災研究に対して非常に高い関心を持っているようです。これらのことについて、一言ずつお願いいたします。
長谷川 人材育成の問題については、新総合基本施策にも書き込んではありますが、実はそれでもまだ懸念を持っています。しかし、これは地震の分野だけの問題ではなく、現在の日本の社会そのものに原因があることなのでそう簡単に解決するものではないと考えています。国全体として地道に取り組んでいくしかありません。
国際貢献については、ぜひ積極的に取り組むべきだと思います。ご承知のとおり大きな地震というのは沈み込み帯で起きます。主な沈み込み帯は環太平洋にあり、どちらかというと開発途上国が多いです。そういう開発途上国に日本で培ってきた地震調査研究の知見や技術を活用してもらうことは、大切なことだと思います。
観測システム、地震発生予測、強震動予測、津波予測、あるいは緊急地震速報、そういった知見や技術を有効に活用できる仕組みさえできれば、先ほど話に出ました中国をはじめとして多くの国で有効活用できると思います。
福和 まず人材については、地震学だけでなく地震工学でも本当に若手が減ってきています。従来はこの分野に魅力を感じてもらうために理学的な研究成果の面白さを主にアピールしていましたが、それだけでは人材は入って来ません。最近は、社会に役立つということに魅力を感じる人も増えてきているので、防災や環境問題はとても社会に喜ばれる学問だという言い方でアピールしています。
耐震工学分野での国際貢献については、そこの国の耐震化を実質的に進めていくことが必要になります。ですが、国情によってやり方が違っていて、日本の高度な技術を持っていってもなかなか役に立ちません。そこにある材料を使い、そこの人達が作ることができる建物のつくり方とか、そこの国民の経済レベルに応じた法規制に準じたものにするとか、建造物を審査する人達の教育とか、そういうことが重要になってきます。どちらかというと技術の移転というよりは、人材の育成の方が大事です。
ですから、途上国を中心とした国際 貢献を考えるなら、そういう国の人達に日本の中でいろいろな仕組みづくりなどについて勉強をしてもらい、自国に帰った彼らに活躍してもらうという、技術の輸出ではないやり方で進めたほうがいいと思います。
国崎 人材育成については防災教育の充実が望まれます。とくに教育者へのアプローチが重要だと感じております。
保育士や園・学校の教諭を志望している人達に、防災教育のカリキュラムを受講するシステムを構築することが必要ではないかと思っています。実際の現場では防災の知識を得る機会もなく防災学習をしてくださいと言われて戸惑う先生も少なくありません。
別の視点での人材育成では関心のない人に、防災に関心を持ってもらうには思い切ったアプローチが必要であると考えます。防災というテーマを前面に出さずに、健康や環境など、関心の高いテーマと防災を絡ませることで拒絶反応もなくスムーズに防災を受け入れることがわかってきました。
自治体の中でも防災のことは関係部署に任せておけばいいということではなく、保健・子育て支援などの部署の業務に防災を絡めていくことが、結果として市民の防災意識向上に寄与すると思います。
国際協力においても日本には優れた防災教育のプログラムがあるので、防災への関心が高まっている被災地を中心に、現地での社会的な背景を意識しながら防災教育を提供していくことが望まれます。
司会 ありがとうございました。最後に、新総合基本施策で掲げられた柱、目標というものが達成された場合に、日本の地震防災を取り巻く環境はどのように変わっているのか。
もちろん、社会構造の変化がなければ動かないものとかいろいろあるとは思いますが、希望的観測を含めて話していただいても結構なので、将来の日本の姿などを一言ずつお願いいたします。
長谷川 10年経ったら、東南海地震の20年発生確率が60%とか、70%とか、そういう数字になります。だから、現在の状況とはだいぶ違います。その時に、先ほど期待を込めて申し上げたようなことが実現していて、もう目の前に迫っている東南海、南海地震に国としてきちんと対応しているということを国民にメッセージとして伝えることができ、国に対する国民の信頼感も醸成され、結果として今よりも遥
かに防災意識が向上していることを期待したいです。
パニックというのは、信頼できる情報がきちんと伝われば起きないと思いますから、そういう意味で、国に対する信頼感が醸成されて、国民一人ひとりの防災意識が向上していて欲しいと思います。
司会 福和先生、お願いします。
福和 2020年ぐらいに日本はどうなっているかというと、中央防災会議が定めた地震防災戦略も、もう終わった後ですから、そこに書かれたことが実現できていれば、街は耐震化され、そして地震本部が発信する情報に基づいて、一人ひとりの意識も変わり、人の心も変わっていれば、たぶん本当の意味での地域の防災街づくり活動ができていて、防災共同社会も実現できているはずだと思います。その頃には、このままでは日本は少子高齢化社会になってしまい、将来は立ち行かないということを真剣に一人ひとりの国民が思い始めているはずです。
その結果、人々が、社会の中の一個人としての責任感と義務感をきちんと持った上で、来るべき少子高齢化など、非常に厳しい時代を目前にして、同時に東南海、南海地震に備えるため、きっとコンパクトシティを目指して、軟弱地盤の場所から都市を撤退させつつ、そこを再び農地にかえ、安全な街に、この日本の国を作り直すスタートラインに立っている。10年後にはそのようになっていることを期待しています。
司会 わかりました。国崎先生はいかがでしょうか。
国崎 地震調査研究の成果が生活を営む上で大変重要な情報であると認識される社会になることを願っています。
例えば、地震本部の成果が土地の利用規制等の法整備の指針となり、活断層から一定の距離には家を建てられないということになれば、土地選びの際に防災を意識しなくてはならず、住宅を借りるにしても建物の耐震性の開示などを義務化した場合、住宅の選択にも地震を意識するようになります。切迫する巨大地震を前に防災を意識した暮らし方が定着していくことが理想です。
街づくりにおいても、駅の場所を軟弱地盤ではなくより安全な所に動かすというような土地利用をすれば、駅の周りに人は動きますから、街もおのずと災害に強い街に変わっていくと期待されます。
建造物に関しても、堆積平野地下構造調査などを基に、耐震設計を提案するなど、資産を守るための地震・防災情報を、その地域不動産やハウスメーカーから積極的に提供することができる社会になることを期待したいと思います。
司会 本日は貴重なご意見ありがとうございました。今後とも、文部科学省としても新総合基本施策に掲げられた目標が達成されるよう各省の先頭に立って頑張っていきます。
(広報誌「地震本部ニュース」平成21年(2009年)8月号)