地震発生直後に、震源に近い観測点で得た揺れのデータを用いて、直ちに震源、マグニチュード及び各地の震度を予測し、それらを迅速に情報
の利用者に伝えることで地震津波災害の軽減を目指した緊急地震速報は、気象庁と鉄道総合技術研究所による技術開発や、防災科学技術研究所が中核機関として実施した「高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト」の研究成果等(詳しくは、プロジェクトのホームページをご覧下さい。)により、平成19年10月より一般への提供が開始されています。
そして、平成19年12月には、気象業務法が改正され、緊急地震速報は地震動の予報及び警報に位置付けられ、9地震に対して緊急地震速報(警報)を発表、1,600を超える地震に対して緊急地震速報(予報)を発表し(気象庁「緊急地震速報評価・改善検討会(第1回)」資料より)、その情報の利活用の面で着実な成果を挙げつつあります。
その中で、平成20年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震は、緊急地震速報が一般に提供を開始してから、初めて発生した被害地震です。この地震では、緊急地震速報(予報)がP波検知してから3.5秒後に提供され、その1秒後に緊急地震速報(警報)が発表されており、現在の緊急地震速報としては、ほぼ想定通りの性能を発揮したと考えられます。
一方、今回の場合震央から概ね半径30km程度以内が警報の「間に合わない」領域となり、その領域でも大きな被害が発生していることも事実です。その間に合わない領域に位置していた防災科学技術研究所の基盤強震観測網KiKnet一関西(いちのせきにし)観測点(震央距離約3km)で得られた強震記録と緊急地震速報の提供タイミングを比較したものを図1に示します。
図1によると、この観測点ではP波が到達してからわずか1.3秒後に震度5弱に相当する強い揺れ、そして緊急地震速報が提供される段階では、震度6強に相当する強烈な揺れにすでに見舞われてしまっています。しかし、この結果は現行の緊急地震速報の限界を示すだけではなく、後述するように、震源の近傍における強震観測で得たリアルタイム地震情報を利活用することで、情報提供の間に合わない領域を飛躍的に縮小できる可能性があることを私たちに教えてくれてもいます。
また、平成21年4月に地震調査研究推進本部で策定された今後10年の新たな地震調査研究の方向性を示す「新たな地震調査研究の推進について」(以下、新総合基本施策)において「緊急地震速報の高度化については、海溝型地震のみならず、沿岸部や内陸の活断
層で発生する地震に対する減災効果も図るべく、現行システムの技術的困難の克服を目指した研究開発等を推進する」旨の記述があり、緊急地震速報の「間に合わない」課題に取り組むことは重要であると言えます。
このような新総合基本施策の方針や緊急地震速報のこれまでの実績、震源近傍での強震観測データを踏まえ、防災科学技術研究所では、今年度より内陸直下の活断層で発生する地震に対応した「リアルタイム地震情報の高度化に関する研究開発」に着手します。
この研究では、現在の緊急地震速報の情報提供が間に合わない領域を可能な限り縮小することを目指し、活断層の地震による被害軽減に資することを目的としています。この目的のため、本研究で開発を目指すリアルタイム地震情報システム(以下、地震瞬時速報システム)は、次のような特徴があります。
■システムの監視する地震が、特定の活断層で発生する大地震である
■大地震が発生した場合、地震の諸元(震源位置やマグニチュード等)の推定を行わない
■予め用意した想定地震に対する震度等の揺れの予測情報を利用する
前章で述べましたように大地震の発生をいち早く検知するためには、第一に震源の近傍での強震観測データが威力を発揮します。そこで、地震瞬時速報システムでは、将来地震の発生が予測されている活断層の極近傍に高密度な強震観測網を構築し、得られるリアルタイムデータから、発生した大地震を瞬時に検知するシステムの構築を目指します。システムの最終的なイメージと開発項目について図2に示します。
研究では、大きく分けて3つの開発項目があります。
(1)活断層での大地震を瞬時に検知するための研究
(2)揺れの予測の高度化に関する研究
(3)情報(地震瞬時速報)の利活用に関する研究
図1にあるように岩手・宮城内陸地震では、3成分合成で重力加速度の4倍を超える激烈な揺れを観測しています。大地震の震源極近傍では、これと同等、あるいは上回る揺れになる可能性もあることから、それらを振り切れることなく観測するために、(1)では活断層直近観測用強震計の開発を行います。更に、情報発信まで1秒でも疎かにできないことから強震計自体でもデータの即時処理を行う手法の開発や、強震計からくる情報を統合して想定地震の発生を即時的に判断するための研究を行う計画です。
(2)では特定の活断層を対象とした調査や、周辺地盤の調査等を行い、地震調査研究推進本部が策定した「震源断層を特定した地震動予測地図」の成果を利用しつつ、その高度化等を図る予定です。また、研究開発によっていくら情報の発信が早くなったとしても、有効に利活用されなければ被害軽減という最終目標を達成することはで きません。
(3)では、情報の利用者として想定される将来地震の発生が予測されている活断層周辺の自治体や企業等と協力し、実証実験等を通して地震瞬時速報の有効利用の検討を進めていく予定です。
ここで紹介した「リアルタイム地震情報の高度化に関する研究開発」は、政府の長期戦略指針「イノベーション25」の具体的施策である社会還元加速プロジェクト「きめ細かい災害情報を国民一人ひとりに届けるとともに災害対応に役立つ情報通信システムの構築」の1プロジェクトして、平成24年度末を目途に実用化レベルの達成を目指しています。
研究成果を社会に還元するためにも、精度の高い地震情報を1秒でも早く提供できるようにする開発と、その情報の利活用の研究を両輪として進めて行くことが重要となります。その利活用の検討を具体的に進めるために、今年度から大学の研究者や気象庁、そして自治体、ライフライン事業者等で構成する「地震瞬時速報利用検討会」を発足しました。
今後、これらの検討会の意見も頂きながら、利用者を強く意識した研究開発を進めて参ります。