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海溝型巨大地震の震源域は海域にあり、沈み込むプレートの固着状況や歪み蓄積過程を知るには、陸上の観測だけではなく、震源域直上の海底における地殻活動のモニタリングが不可欠です。そのためリアルタイムで地震・津波を観測監視するケーブル式海底観測システムDONETの構築が進められておりますが、その海底観測をさらに発展させるための新たな観測システムの開発も進められています。東北大学と名古屋大学では、それに関連する研究として文部科学省から委託を受けて、巨大地震の震源域の地殻活動モニタリングに向けた海底地殻変動観測システムの開発を進めています。
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車や船舶、航空機などの測位にも使われているGPSは陸上の地殻変動観測を革新しましたが、海底にはその電波は届きません。そこで海底の地殻変動を測るために、揺れ動く海上局の位置をGPSにより約1cmの精度で求め、それと海底に設置した海底局との相対位置を音波により約1cmの精度で求めるという観測を行っています。図1にその概念図を示しますが、普通は船を用いて観測します。この観測はGPS・音響結合方式の海底精密測位と呼ばれ、繰り返し観測により、海底局の水平変位を求めることができます。
この方式による観測の一例として、2004年9月に起きた紀伊半島南東沖地震に伴う地殻変動の観測結果を図2に示します。2つ続いて発生したM7クラスの地震により、海底が南へ20cm余り動いたことが分かりました。これは地震による水平変動を世界で初めて震源域のすぐ近くの海底で捉えたものであり、震源断層を特定する上で海底の観測がたいへん重要であることを示しました。
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これまでまったく観測ができなかった海底で地殻変動を観測できるようになったということは画期的なことですが、GPSを用いた陸上の地殻変動観測と比べると、このGPS・音響結合方式の観測にはいくつかの重要な課題があります。最大の問題は海中の音速変化の影響です。海底局を3〜4台用いることにより、その影響は大部分除去することができます。しかし音速が水平方向に変化する影響は残りますので、2〜3日の観測結果を平均することにより数cmの繰り返し測位精度が得られるという状況でした。そこで海底局の位置と音速の水平勾配を同時に求め、連続観測につなげる研究を進めています。名古屋大学では、位置を変えながら観測し、測位精度を維持しながら観測時間を約半日に短縮しています。
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上記の課題とも関係しますが、もう一つの重要な課題は、連続観測と観測の即時性です。GPS・音響結合方式の観測では、船が現場に行って観測してようやく1回の観測ですから、年に1〜2回となります。しかし陸上のGPS観測では、毎秒の連続観測を行い、数時間後に地殻変動の速報を出すことが可能です。地殻活動のモニタリングという観点からは、この大きな差を可能な限り縮める必要があります。そこで図1のように海上にブイを浮かべて連続的に海底測位を行うことを目指した研究を進めています。この方式で自動観測するシステムの開発をほぼ終えて、ブイの形状やその係留法などの研究を進めています。名古屋大学では準リアルタイムのGPS測位の研究を進めています。
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1200点以上からなる陸上のGPS観測網に対して、海底ではまだ点の観測です。東海・東南海・南海地震という巨大地震の震源域だけでもたいへん広く、多点において地殻活動のモニタリングを行う必要があります。このような観点から、名古屋大学では熊野灘および駿河湾の観測点のうち主として4ヵ所において、平均して2ヵ月に1回のペースで観測を行っています。約3年間の繰り返し観測の結果、海洋プレートの沈み込みに伴う海底での水平変動を年間2cm以下の精度で測定できる段階に到達しました(図3の赤矢印)。
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東南海地震などではプレート境界から上側に分岐した断層も震源断層と考えられています。このような断層活動の連続モニタリングには図1に示したような短基線の海底間音響測距が適しています。3〜4台の装置に圧力計も装備すれば、3次元的な断層の動きを連続モニタリングできます。4ヵ月間の試験観測で、1.5cm程度の安定度を達成しています。
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