釜石市市民環境部 消防防災課長 末永 正志
岩手県釜石市は、三陸海岸のほぼ中央に位置し江戸時代には漁業基地として繁栄し、明治7年には官営製鉄所が建設され、その後の製鉄事業の進展により日本の高度経済成長を下支えしつつ発展した鉄と魚の町です。また、北上山地と太平洋の自然豊かな恵みと温和な気候・風土に育まれ、芸術・文化・食物など大変すばらしいものがありますが、明治29年、昭和8年の三陸大津波や昭和35年のチリ地震津波など古来から地震・津波の常襲地帯でもあり、地震・津波による災害を意識せざるを得ない土地柄です。
導入の背景としては、地震・津波の常襲地帯であり、平成14年7月の台風6号に伴う土砂災害により2名の犠牲者を出したことがあります。さらには、宮城県沖地震・津波に対する脅威の高まりなどから、何らかの方法による市民への早い情報提供と自主避難の呼びかけによる人的被害の軽減を図る必要があります。また、長くこの地に定住するには、災いを上手にやり過ごす知恵と行動を身に付ける必然性があり、防災教育、防災訓練の必要性を痛感するところです。
平成17年度、全国の15都道府県及び15市町村と共に全国瞬時警報システム(J-ALERT)の実証実験に名乗りを上げたことを契機に、同システムの導入により災害による被害の軽減を図ることとしました。
平成19年2月9日からは、津波警報、津波注意報、震度速報に限り一部運用を開始すると共に、6月18日からは、秋からスタートする本格運用に備え、対応行動等に関する課題の抽出を図ることを目的に、消防庁、気象庁と連携してJ-ALERTを使用したモデル実験として運用を開始しました。しかし、最近全国的に見られる市民の情報依存や行政依存が気がかりでしたので、「緊急地震速報」の理解と活用を中心とした広報活動に取り組むこととしました。
まずは、6月から実施するモデル実験を活用し、訓練のたびに訓練放送を流すこととし、広報紙、テレビ、ラジオ、新聞などへの記事掲載と取材依頼を積極的に行い、さらには、民生委員、防犯協会、公衆衛生組合、行政連絡員等の総会や会議などあらゆる機会を活用して、職員による説明やチラシ配布を行って市民への周知を徹底しました(表1)。
10月1日からは全国的に「緊急地震速報」の本格運用が開始されましたが、その後も訓練放送を流し、併せてアンケートを実施して市民への広報活動を行いました。
地域リーダーや市民へのアンケートでは、速報の認知度や正しい理解等の評価と課題の抽出を行いました。さらに、平成20年2月には盛岡地方気象台との連携により、群馬大学大学院片田敏孝教授による「緊急地震速報を活用した津波防災講演会」を開催するなど、「緊急地震速報」の認知度アップと正しい知識の理解に努めると共に、情報依存や行政依存とならないよう留意しました。この際に実施したアンケート結果では、市民の理解度も良好との結果がでて、一連の訓練放送や広報活動に対する手応えを覚えました。
実際に防災行政無線を使って市内96子局の屋外拡声器から放送すると、緊急地震速報の警報音がテレビやラジオの音と異なり、異なった音に聞こえるとか、緊迫感が無いとの指摘がありました。また、高い建物等の影響により聞こえにくい場所があったり、断熱材や二重サッシなど機密性の高い住宅建設のため、窓を開けないと聞こえない世帯が増えるなど新たな課題も出てきました。
このため、本格運用を睨み、地元のCATV(三陸ブロードネット)の協力により戸別受信機の開発をお願いし、個人負担で難聴地域を中心に1年掛かりで約300台を設置して頂きました。
今後は、幼稚園、小・中学校、社会福祉施設など未設置施設や難聴地域の施設等を中心に受信機を設置し、初動体制を強化する必要があります。
また、テレビや防災行政無線放送等への情報依存や行政依存による避難行動の遅れは、人的被害を被ることから早めの自主避難を推進する必要があります。
緊急地震速報は、他の情報と同じくそれを人々がどう利用するかが大切です。当市の場合、地震から約30分で津波の第一波が釜石湾に来襲するとの県のシミュレーション結果が出ています。緊急地震速報により大地震から身を守り、残された時間を有効に使って津波から命を守ることが重要であり、早い市民広報が何にも増して重要性を増す所以でもあります。どんなに価値ある情報でも、事前学習による対処方法の理解無くしては、有効な利用はできません。そのためには日頃からの事前学習と準備が不可欠です。
緊急地震速報は、現時点では科学的にも地域的にも限界はあると思います。
しかし、我々防災関係者にとっては、一定の安心感を与えてくれたように思います。特に、情報が本当に素早く、どこの情報よりもスピード感を持って安定的に提供してくれる頼もしい情報だと感じています。
今後、緊急地震速報が、気象庁など関係機関によるきめ細かな観測体制網の実現や超スーパーコンピュータの出現などにより、更なる科学的な進化を遂げて、あらゆる地震に対して対処可能となり防災・減災に大きく役立つ時が来ることを期待します。
(広報誌「地震本部ニュース」平成21年(2009年)1月号)