南海トラフではM8級の海溝型巨大地震が約100−200年間隔で繰り返し発生しています。最近では昭和の東南海地震(1944年)/南海地震(1946年)、安政の東南海・東海地震/南海地震 (1854年)、宝永の東南海・東海・南海地震(1707年)が発生しており、宝永の地震は日本周辺で発生した地震では最大のM8.6と想定されています。では、次の南海トラフで発生する海溝型巨大地震にどのように備えるか?
これは日本の最大級の地震研究課題であり、早急に取り組むべき防災・減災施策の課題です。そのためには震源域である海域の観測網整備が不可欠です。
陸域の地殻活動の観測網は、1995年の兵庫県南部地震を契機に、地震観測網やGPSの整備が推進され、世界有数のリアルタイムの地殻活動観測体制が整備されています。
一方、海域観測網に関しては、東海沖の想定東海地震の震源域に整備された気象庁の海底ケーブルや十勝沖地震震源域における海洋研究開発機構の釧路沖海底ケーブルなどがありますが、稠密な陸域観測網と比べればほとんど未整備に近いのが現状です。
海域の震源域の地殻活動をリアルタイムでモニタリングする海域ネットワークの整備は、海溝型巨大地震発生メカニズムの研究において必要不可欠であるとともに、海溝型巨大地震やそれに伴う津波をいち早く検知評価出来る点で、地震・津波防災においても非常に重要な役割を担います。
特にM8クラスの海溝型巨大地震の再来が危惧される南海トラフ域における観測網の整備は最優先の課題となっています。
昭和(1944/1946)と安政(1854)で発生した南海トラフ海溝型巨大地震では、東南海地震あるいは東南海・東海地震震源域が南海地震震源域に先行して破壊しています。
つまり連動発生の時間差は、昭和(1944/1946)で約2年、安政(1854)で約32時間と異なりますが、いずれも紀伊半島東方海域が破壊開始域であることを示しています。つまり、これまでの南海トラフで発生している海溝型巨大地震の発生様式の多様性はあるものの、少なくとも過去2回の地震では、紀伊半島東方海域つまり熊野灘域が重要なエリアであることを示唆しているのです。
このことから、平成18年度より文部科学省は、次の南海トラフ海溝型巨大地震に向けた観測体制整備を目的とした「地震・津波観測監視システム」を構築する研究プロジェクトを開始しました。「地震・津波観測監視システム」つまり震源域直下の地殻活動をリアルタイムでモニタリングする海底ネットワークを構築するプロジェクトです。
紀伊半島沖に設置する海底ネットワークの展開を図1に示します。この展開にあたっては海底状況、震源決定精度向上、地殻変動評価等の観点から総合的評価によって決定されました。
本海底ネットワークは基幹ケーブル・分岐装置・ノードシステムによって展張された20の観測点に広帯域地震計、強震計や精密水圧計等を組み込んだ観測装置を配置する先進的な稠密・多点観測による海底ネットワークです(図2)。
本海底ネットワークの目的は、下記の3点です。
目的1地震・津波の早期検知・解析
評価→緊急地震速報への貢献目的2地震発生予測モデルの高度化
●海底ネットワークデータ等を活用したデータ同化による予測モデルの高度化●先行現象が発現した場合の早期検知と解析評価
目的3先進的な技術開発
海域リアルタイムモニタリングシステムの構築・整備上述の目的のもと、紀伊半島沖海底ネットワークが現在開発されています。
目的1 活用例
東南海地震震源域に展開された稠密・多点観測の海底ネットワークにより、地震・津波の早期検知・解析評価が可能となり、データを気象庁や関係機関にリアルタイムで配信することで緊急地震速報等への貢献が期待されます。目的2 活用例
観測装置に組み込まれた精密水圧計等より得られる海底地殻変動データを用いたデータ同化手法により、地震発生予測モデルの高度化を推進します。また、震源域において先行現象が発現した場合の早期検知と総合評価への貢献が期待できます。
目的3 活用例
先進的な海底ネットワークにおいては、ケーブル分岐技術、ケーブル展張技術、観測センサー選定・設置技術(図3)ならびに長期観測を維持するための保守管理システムの開発が必要不可欠です(写真1)。さらに今後の海底ネットワークの整備のための基盤技術の構築を目指します。現在、構築中の紀伊半島沖海底ネットワークは東南海地震震源域に展開するものですが、南海トラフ海溝型巨大地震震源域の地殻活動をリアルタイムモニタリングするためには、紀伊半島沖西方の南海地震震源域における海底ネットワークへの展開や気象庁の東海沖海底ケーブルとの連携した広域・稠密な観測網の構築が必要不可欠です。