驚きと感動の物語が
災害イメージをつくる
災害イメージをつくる
多くの人に正しい災害イメージをもってもらうことは、災害対策にとってもっとも重要なことです。しかし、いくら詳しい説明をしてもなかなかすんなりと受け入れてもらえないことも少なくありません。「大きな津波が来る前には必ず海の水が大きく引く」という津波イメージがその代表です。日本全国、どこの津波危険地区で調査しても住民のほぼ8割は、依然として、この間違った津波イメージをもっているようです。津波や防災の研究者がテレビや新聞あるいは防災講演会などでいくら口を酸っぱく「押しから来ることもあります」と言ってもなかなか浸透しないのです。
その背景として各地に残っている津波伝承があります。津波伝承の中には、必ずと言ってよいほど「○○では海の水が大きく引いて海底が見え、貝やらピチピチ跳ねる魚を捕った」といった類の話が残されていて、それが現在まで語り継がれています。有名な「稲村の火」の中にもそのような記述があります。地震の後、大きく潮が引いた時の光景は、聞く人に驚きと同時に、鮮烈な津波イメージを涌かせ、それが人々の記憶の奥深くにしまいこまれ、消されることなく長い間残っているようです。
逆に、正しい災害イメージがあっという間に広まる場合もあります。1993年、奥尻島を襲った大津波は、テレビや新聞を通じて、多くの人々に強烈な衝撃を与えました。特に東海地震を抱えている静岡県民の認識に多大な影響を及ぼし、津波イメージを大きく変えました。静岡県民は、津波が来るまでに地震発生から20〜30分の時間的余裕があると思っている人が多かったのですが、この大津波の報道に接して、東海地震が発生したらその直後5分もしないうちに大津波が来襲すると大きく認識を変えたのです。
これらのことは、災害イメージの形成には、記憶に強烈に残るようなエピソード、言い換えると実際に起きた災害事例の中で驚きと感動を与えるような物語が大きな役割を果たしていることを示唆していると言えるでしょう。
(広報誌「地震本部ニュース」平成20年(2008年)11月号)