地殻の境界が震源?
今世紀前半に起こると思われる東南海地震や南海地震は、沈み込むフィリピン海プレートと陸のプレートとの境界で起こる地震です。ところが、法律によれば、これらの地震は地殻の境界で起こる地震とされています。東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法を見てみましょう。“「東南海・南海地震」とは、遠州灘西部から熊野灘及び紀伊半島の南側の海域を経て土佐湾までの地域並びにその周辺の地域における地殻の境界を震源とする大規模な地震”と定義されています。プレートの境界を震源とする地震なのに、なぜ「地殻の境界を震源とする」のか不思議に思われませんか?
この後にできた日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法でも、「地殻の境界又はその内部を震源とする大規模な地震」と定義されており、プレートの境界または、プレートの内部とはなっていません。ずっと以前に制定され、想定東海地震が対象となっている、大規模地震対策特別措置法では、「地殻内の大規模地震」となっています。
想定東海地震は、地殻内のみならず上部マントルをも震源とする地震です。なぜ、このように地震学的には誤った記述が続くのか、地震学者の見解がとりあげられないのか、筆者も不思議でなりませんでした。
ところが、ある時この疑問が氷解しました。政府関係者が著した地震防災の新書で地球の「表面を地殻という薄い皮(プレート)が覆っています」との記述を目にしたのです(坂篤郎・地震減災 プロジェクトチーム監修『巨大地震』角川書店、2005)。すなわち「プレート=地殻」という誤解から、プレート境界の地震を地殻の境界の地震と呼ぶのですね。地殻やマントルはモノの違いに基づく区分で、プレートはモノの固さに基づく区分であることは、高校地学で必須の学習項目です。地学のリテラシーに欠ける日本の現状が法律に反映されていると言えるでしょう。
(広報誌「地震本部ニュース」平成20年(2008年)8月号)