● はじめに
東北地方太平洋沖地震のようなプレート境界で発生する巨大地震は、海側のプレートが陸側のプレートを引きずり込んでいる場所で起こります。この引きずり込み(すべり欠損)の蓄積量は、プレート間の現在のくっつき具合(固着状態)から概算することができ、この量から巨大な地震を引き起こすポテンシャルを推定することができます。言い換えると、現在の固着状態がわかれば地震発生に至る過程の進行状況を知ることができるということです。
プレート間の固着によって陸側のプレートは変形しているので、陸側の地表変形を観測すれば固着の状態やその分布を知ることができます。その地表変形を定量的に測るためにはGPSのような高精度の測地観測が必要ですが、多くのプレート境界は海底下にあるため、陸域のGPS観測網だけではプレート境界の固着状態がぼんやりとしかわかりません。これまでのプレート間固着に関する議論では、この点が大きな問題となっていました。
この問題を解決するためには、震源域の真上に当たる海底の動きを測定するしかありません。しかし、海中には電波が届かないため、GPSをはじめとする宇宙測地技術を用いても、海底の動きは測定できません。
● GPSと音響測距の融合(GPS-A)
海上保安庁海洋情報部では音波を用いて海中の距離を測定する手法(音響測距)とGPSを組み合わせることで、海底の動きを測定する“GPS-A”という手法(図1)の開発と、それによる観測を実施してきました。この手法では、海底にあらかじめ特定の音響信号を送受信することができる音響トランスポンダ(海底局)を基準として設置しておきます(写真1)。その周辺海域を船底に音響トランスデューサを搭載した測量船(写真2)で周回して音響測距観測を行うことで測量船と海底局の相対位置を決定します。測量船の船底トランスデューサの絶対位置はGPSと動揺センサーを用いて決定することができるため、合わせて海底局の絶対位置を決定することができます。これを繰り返すことで、海底の移動速度を測定しています。
現在、海上保安庁では,日本海溝沿いや南海トラフ沿いなどのプレート境界の直上に観測点を設置し、海底の動きを計測しています。南海トラフ沿いでは、2011年より前から6点の観測点を設置し観測を実施してきました。これに加えて2011年度以降、最大クラスの地震の想定震源域全域に展開するため、9点の観測点を加えて、現在は合計15点での観測を実施しています。
● 南海トラフの固着状態
測量船で現場海域まで向かう必要があるので、観測の頻度は年に3回行けるかどうかです。そのため、信頼できるデータが揃うまで2011年度の展開から約4年の月日が必要でした。そうして得られた海底地殻変動観測の結果によれば、国土地理院のGEONETによる陸上観測網の結果と比べて、海底の移動速度場は大きさの違いがはっきりしていました。これは、南海トラフでのプレート間の固着状態が、東西方向に均質ではなく、いくつかの領域ごとに強さが異なっていることの証拠です。これまでぼんやりとしか見えていなかった固着状態の分布が初めてはっきりと捉えられました。
さらに、得られた海底地殻変動観測データとGEONETのデータを合わせることで、南海トラフ沿いのすべり欠損速度分布(年間でどの程度陸側のプレートが海洋プレートに引きずり込まれているかを示す値、固着状態の定量的指標)を、推定することができました(図2)。その結果、プレート境界の固着状態が強い領域と弱い領域の分布が大まかにわかってきました。例えば、九州・パラオ海嶺が陸側のプレートの下側に沈み込んでいる日向灘の沖合では固着の状態は弱く推定されています。一方で、東隣りの土佐湾の沖合の領域では、強い固着状態が示唆されています。この土佐湾沖の領域は1946年の南海地震の震源域であったと考えられており、震源域と強い固着状態の領域が合致していることがわかります。また、さらに東側の1944年の東南海地震の震源域でも、やはりある程度強い固着状態になっています。ただし、1940年代の地震では破壊を起こしていないと考えられている足摺岬の沖合の領域にも強い固着状態が示唆されており、過去の震源域と完全に合致しているわけではありません。
また、固着状態とゆっくり地震(浅部VLFE)の活動域や海山・海嶺の沈み込み領域との相関関係についても示唆されました。詳細な解析や議論については、参考文献を参照して頂ければと思います。
● おわりに
海底地殻変動観測の結果は、地震学や海洋地質学という自然科学から、地震防災・減災のための工学や社会学の領域まで幅広く影響を与えるものです。ただし、ご紹介した成果は、測地学スケールでは極めて短期の帰結と言えます。今後、10年単位でデータを蓄積することによって更に高い精度で議論できるようになり、場合によっては時間変化の有無についても議論できるようになるかも知れません。また、海上保安庁では、未観測地域への展開や観測点の高密度化に向けた技術開発、観測頻度の向上・観測精度の改善に向けた手法の高度化などの課題についても取り組んでいます。今後は、さらに高度化されたデータを用いて将来の巨大地震に関する議論を進めることができるよう努力して参ります。
参考文献:
Yokota, Y., T. Ishikawa, S. Watanabe, T. Tashiro and A. Asada: Seafloor geodetic constraints on interplate coupling of the Nankai Trough megathrust zone, Nature, 534, 374-377(2016).