(広報誌「地震本部ニュース」平成28年(2016年)冬号)
1.はじめに
地震調査研究推進本部(地震本部)地震調査委員会では、平成15年の十勝沖地震を契機に長周期地震動予測手法の研究に着手し、平成21年、24年に想定東海地震などの「長周期地震動予測地図」を公表しております。この度、高層の建物が集中する首都圏に影響を及ぼす相模トラフ巨大地震を対象とした長周期地震動の評価を行い、その成果をまとめて、平成28年(2016年)10月に「長周期地震動評価2016年試作版 -相模トラフ巨大地震の検討-」を公表しました。
2.長周期地震動、「長周期地震動予測地図」とは
地震動には、短い周期の地震波によるガタガタとした揺れと、長い周期の地震波によるゆっくり繰り返す揺れとが混ざっています。この後者の揺れを長周期地震動といいます。長周期地震動は、短い周期の揺れに比べて揺れが収まりにくく、海の波のうねりのように、震源から遠くまで伝わりやすい性質があります。
「長周期地震動予測地図」は、ある特定の大地震が発生した場合に、その周辺および遠方にも生じる長い周期による地震動の分布を示したものです。今回公表した「長周期地震動予測地図」では、地震動のうち主要動であるS波の速度が350m/sの地盤を工学的基盤としています。
#詳細は地震本部ニュース2011年10月~「長周期地震動評価2016年試作版―相模トラフ巨大地震の検討―」の概要地震調査研究推進本部2012年1月号P4~の特集「長周期地震動予測地図」をご参照ください。
3.今回の長周期地震動評価の主なポイント
主なポイントとしては、まず、従来の評価のような固有地震モデルに固執しない地震シナリオ群の多様性の考慮があります。地震本部では相模トラフ沿いの地震活動の長期評価(第二版)を平成26年4月に公表しております。今回の新しい評価では、従来の固有地震モデルに固執することなく、これまでのような単一シナリオ地震による評価ではなく、地震の多様性の考慮を試みるという方針で行い、長周期地震動の平均とばらつき(標準偏差)を評価しております。今回の評価では、不確定を考慮するために震源断層のアスペリティ位置、面積および破壊開始点位置を400ケース余り設定し、1923年大正関東地震を念頭に置いた震源域・条件(Tタイプ)と1703年元禄関東地震を念頭に置いた震源域・条件(Gタイプ)で検討しました。このうち、Tタイプに属するT1タイプのアスペリティ位置、面積、破壊開始点の一例を図1に示します。
また、特性化震源モデルに不均質性を与える手法を2003年十勝沖地震の観測記録で検証し、今回の長周期地震動評価に適用したこと、関東地域を対象に構築された浅部・深部統合地盤モデルを使用することにより、周期2~10秒を評価対象にしております。
4.評価結果
以下、三次元構造に対し差分法で計算したTタイプの地震動の工学的基盤による評価結果を説明します。Tタイプのシナリオ群120ケースに対する計算結果ですが、平均で見ますと、いずれの都県庁位置でも80cm/sを超えることはありませんでした。また、平均+標準偏差を見ますと、図2のように神奈川県など一部の都県庁位置で80cm/sを超える周期帯がありました。都県庁以外の場合では、図2の小田原市などのように120ケース平均で既に80cm/sを超える周期帯を持つ地点がありました。また、Tタイプのシナリオ群に対して計算した減衰定数5%相対速度応答スペクトル(周期2秒、8秒)の平均値と平均に標準偏差を加えた速度応答値の分布状況は図3のようになります。強い揺れが生じる地域は震源の多様性(アスペリティ位置など)により異なりますが、速度応答スペクトルの平均値が高い場所は、図4で示しました地下構造(S波速度の深度分布)との相関性が見られます。
5.今後に向けて
本検討成果は、主に工学の専門家向けのものですが、今後、現象の不確定性やばらつきの扱いを含めた一層の技術的検討はもとより、予測結果を広く社会に活かすため、その提示のあり方などについても防災関係者や研究者との間で議論していきたいと考えています。
地震本部では、今後とも、新たな地震発生データや情報・知見の蓄積とそれに基づく諸評価結果に応じて、長周期地震動評価を公開していく予定です。更に、新しい調査・研究成果に基づいて地震動予測手法の高度化を進めると共に、地震動予測結果について一層わかりやすい説明にも取り組む予定です。なお、報告書や各地図、主な地点の速度波形や速度応答スペクトルなどについては、地震本部のホームページ(https://www.jishin.go.jp/evaluation/seismic_hazard_map/lpshm/16_choshuki/)でも見ることができますので、ご利用ください。