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駿河湾内から四国沖にかけてのプレート境界において, M8級の巨大地震が100〜200年間隔で繰り返し発生している。歴史記録によるこの地域の地震発生年月日及びそれから得られる発生間隔のdata setを表3.1に複数示す。この表のdata set I は,文献[10, p.58,]で提示されている data setをもとにし,1498年の地震発生月日(9月20日;グレゴリオ暦を用いる。以下,同様)を7月9日に変更したものである。これは,最近の研究[21]で,中国の上海付近に津波が伝わったことを根拠として,この年の7月9日に南海地震が発生したと主張されていることに基づく。更にdata set II〜data set Vとして,表3.1(b)〜3.1(e)のように再構築したものを加えた。 data set IIはdata set Iから, 1361年以降の地震を抽出したものである。 data set III(表3.1(c))はdata set Iから 684年と887年の地震を除き,考古学調査の結果[22]に基づき, 1099年の地震と1361年の地震の間に一つ地震を加えたもので,比較的発生間隔のばらつきが小さい例である。付け加える地震の日時は特定されていないが,地震発生間隔の計算のために,仮に1233年3月24日とした。この日はかつて,その地震の発生日とされたことがあるが,現在では否定的な見解が多い。 data set IV(表3.1(d))は想定「東海地震」の発生確率を,最も単純な仮定に基づいて試算するためのものである。対象とする震源域を紀伊半島の東側から駿河湾にかけてのプレート境界に限ることとし, data set Iに示した地震発生年月日を,この震源域にふさわしい日付ものに変更し,かつ恣意的に1944年の東南海地震を含めていない。ただし,684年と887年の地震の発生日は仮のものである。これらの年には南海地域を震源域とする巨大地震が発生したことが知られている。また,ほぼ同時期に東南海地域でも巨大地震が発生したことを示す考古学的な資料があるが,その発生日までの特定は困難である。このようなことから,data set IVでは同じ日に発生したと仮定した。 data set V(表3.1(e))は,データが少ししか分かっていない場合との違いを比較する目的で,信頼度の高い最近の少数のデータのみのセットとして加えた。なお,data set I 〜 data set IVでは,1582年の改暦以前の日付についても,現行のグレゴリオ暦に換算した暦を用いて表記した。
表 3.1: 歴史に記録されている南海地域の巨大地震の発生年月日(西暦)及び発生間隔
以上のdata setから,式(2.1)〜(2.4)で表される4つの確率密度関数について,最尤法により , (c,r), , (a,b)の各パラメータの最尤値を求めた。その結果を表3.2に示す。表には,各モデルのAIC[23, 24] (赤池情報量基準(Akaike Information Criterion)の略。 と定義され,その値が小さいほど,データを良く説明する)が示してあり,各data set毎に4つのモデルのうち最小のAICを与える数値を表中bold体で示した。また表3.2には式(2.5)で表されるPoisson過程を用いたときのAICも示してある。表3.2から,各モデルのAICの差は大きくても2程度と,大差はない。実際,図3.1の累積分布関数のグラフを見ても,4つのモデルの間には,地震発生直後や発生間隔の平均値付近,また平均値を過ぎたあたりの関数値にそれぞれの特徴が認められるものの,大差がないことが分かる。その一方で,Poisson過程(指数分布)のAICは,各data setでのAICの最小値と5〜18の差がある。これは,明らかに有意に差があると言える。つまり,南海地域の巨大地震の発生間隔は Poisson過程で説明するのは無理があると言える。
表 3.2: data set I〜Vについて最尤法によって求めた各モデルのパラメータと
AICの値,及びPoisson過程(指数分布)のAICの値。 bold体は4モデル中の最小のAICを示す
図 3.1: 表3.1(a)のdata
set Iにおける地震発生間隔の累積分布と,各モデルの累積分布関数
のグラフ(文献[10, p.59,]のFig.3より。実際は,正確に一致しないが,差はごく小さい)
表3.2のパラメータから,式(2.13)〜(2.17)に基づいて,最新の地震発生年月日(1946年12月21日)から52.0年が経過しているものとして(data set IVに関しては1854年12月23日から144.0年が経過しているものとして),今後30年,50年及び100年以内に地震が発生する確率を求めると表3.3のようになる。
また,参考までに 1946年の南海地震発生直前の確率を計算するために, data set II〜IIIの最新の地震を除いたもの(data set II'〜III'とする)において, 1946年の地震発生直前時点での今後30年,50年及び100年以内に地震が発生する確率を表3.5に示した。なお,パラメータの最尤値は表3.4に示した。 data set I〜Vの場合と同様に,4つのモデルのAICには有意な差は認められないが, Poisson過程(指数分布)のAICは,やはり有意に大きく,このモデルではデータを説明するのは無理があることが分かる。
表 3.3: 各分布毎の,各data setの 1999年時点での今後30年,50年及び100年の地震発生確率
表 3.4: data set II'〜III'について最尤法によって求めた各モデルのパラメータとAICの値,及びPoisson過程(指数分布)のAICの値。
bold体は4モデル中の最小のAICを示す
表 3.5: 各分布毎の,1946年時点の今後30年,50年及び100年の地震発生確率