本報告書では,ある断層(帯)に着目して,その断層の 活動間隔・平均ずれ速度 ・最新活動時期・活動区間(セグメント)等のパラメータを用いて, 確率という数値で地震発生の可能性を評価する手法を提案するとともに, 実際の断層(海溝沿いのプレート境界・陸域の活断層)で起こっている地震に適用した 計算例を示す。現実には,各々の断層で各種パラメータが完全に分かっている場合は むしろ少ないので,パラメータの知られている度合いや考えられる地震の発生様式によって, 様々な確率計算手法を使い分けることになる。
このような確率評価を試みた例として,米国においては既にカリフォルニア州の 活断層に関する地震発生について確率予測がなされ,危険度マップが作成されて いる[2, 3, 4]。 日本でも,プレート境界型地震を確率評価した研究は以前から行われており [5, 6], また最近では陸域の活断層についても,例えば桑名断層の確率評価といった 個別の事例研究[7]にとどまらず, 更に日本全土の活断層に関する危険度評価図の作成も行われている[8]。 しかし,これらの研究では更新過程の計算に用いられた (確率)モデルの妥当性の検討は十分ではなかった。 本報告書では,地震発生確率を計算する際に必要な様々なモデルを 日本及び近海の同一地域で繰り返し多数回発生した地震のデータから検討し, 更に更新過程の各モデルの良否まで議論したところに特徴がある。
ある断層に着目した時の長期確率評価の流れを図1.1に示す。この図では更新 過程や時間予測モデルの利用についての次のような考え方が基本になっている。
地震発生時期が数多く知られている断層の場合は,純粋な統計モデルのみを用い, 地震発生の時系列データを更新過程(2.1節)を用いて 確率で評価することができる。 この場合,地震発生間隔の分布モデルには対数正規分布等を用いる。 そのパラメータ(平均発生間隔及びそのばらつき)は 最尤法(付録B.1)を用いて, データに最もよく合うものを選ぶことができる。 なお,陸域の活断層の場合,分布モデルのばらつきのパラメータは, 個々の断層に個々の値を適用するよりも,一括して一つの平均的な値を適用するのが より適切であるという予備的な結果を得ている(4.1節)。 また,地震発生時期に不確定性がある場合は,それも考慮に入れて パラメータの最尤値を求めることができる(2.3.2節)。
地震発生時期が最新の2回しか知られていない場合を更新過程で取り扱うと きは,物理モデル(固有地震説に基づくモデル)も考慮し, それらの地震の間隔を平均発生間隔とし, ばらつきは上述の平均的な値を仮定して用いることができる。 最新の1回の地震活動時期しか知られていない断層に更新過程を適用するためには, さまざまな資料を利用して平均活動間隔を求める必要がある。 この場合,ばらつきは平均的な値を仮定する。
最新の地震発生時期とそれに伴うずれの量, 及び長期的な平均ずれ速度が知られている場合は, 物理モデルである時間予測モデル(2.2節)を利用して 次の地震までの期待される経過時間が求められる。 この際,地震の発生間隔は対数正規分布に従うというモデルを利用する。 なお,時間予測モデルの場合,長期的な平均ずれ速度は,地質学的なデータだ けでなく,複数回の地震に伴うずれの量から求めることもできる。
地震発生時期が全く知られていない場合には,物理モデルを考慮し, 何らかの方法(平均ずれ速度等を用いる)で平均的な地震発生間隔を推定し, 地震の発生確率は時間的に不変と仮定したPoisson過程を用いざるをえない。 ただし,歴史時代に活動していないことが確実な場合は, 何らかの方法で求めた平均的な地震発生間隔を用いて, 活動していない期間の情報を取り込んで,更新過程で取り扱うことができる。
以上で用いる確率密度関数が決定されると, 次に最新の地震からの経過時間を考慮して,条件付き確率によって, 現在から今後××年間に地震が発生する確率という形で計算を実行する。 その際,最新の地震発生時が確定せず,幅をもって推定されている場合は, 別途確率の算出方法が提案されている(2.3.1節参照)。
最後に,同一の断層(帯)で活動区間が様々考えられる場合がある。 その場合は,論理ツリーを構築して 各々の場合の重み付けを考慮して確率的に評価することができる (2.4節参照)。