1.プロジェクトの概要

(1)調査観測の方針と観点

 地震調査研究推進本部は、平成16年7月に「今後の重点的な調査観測について(中間報告)」、平成17年8月に「今後の重点的調査観測について(−活断層で発生する地震及び海溝型地震を対象とした重点的調査観測、活断層の今後の基盤的調査観測の進め方−)」を策定し、長期評価等の結果、強い揺れに見舞われる可能性が相対的に高い地域において、特定の地震を対象とした重点的な調査観測体制のあり方を示し、以下の3つの目標を提示した。

○ 長期的な地震発生時期及び地震規模の予測精度の向上
○ 強震動の予測精度の向上
○ 地殻活動の現状把握を高度化等地震発生前・後の状況把握の3点である。

 さらに、これらの報告書では、活断層を対象とした調査観測において、上記の3つの目標を達成するために、具体的に以下の4項目の観点を設定している。

・地震規模の予測手法の高度化
・断層帯周辺における地殻活動の現状把握の高度化
・地震発生時期の予測手法の高度化
・強震動予測手法の高度化

(2)調査観測の内容

 本重点的調査観測は、この目標・観点に従い、糸魚川−静岡構造線断層帯を対象として実施するものである。重点的調査観測に先行して平成14〜16年度までパイロット的な重点的調査観測が実施された。この調査観測では、糸魚川−静岡構造線断層帯の形状の地域性が地球物理学的観測から明らかになるとともに、断層帯の形状・物性、活動履歴解明に有効な調査手法が示された。しかし、諏訪湖付近に存在するとされるこの断層帯のセグメント境界については、地震発生規模予測に極めて重要であるにも拘わらず、その詳細な地下構造は不明のまま残されるなど課題も明らかにされた。
 上記の成果及び課題を踏まえ、本調査観測では、上述のセグメント境界の詳細構造を明らかにするとともに、北部から南部に至る断層帯の深部形状の全体像の解明を目指すこと、また、電磁探査及び自然地震観測から断層帯周辺の物性の不均質構造を明らかにするとともに、国土地理院が実施するGPS観測、干渉SAR解析と合わせて地殻活動の実態を明らかにすること、さらに、活断層履歴の調査から過去の地震活動の特徴を明らかにするとともに、地震時の変位量やアスペリティーの分布予測精度を高めること、これらの調査観測から地震時の断層運動の特性を明らかにし、加えて、人口の密集した盆地部の地下構造を求めることによって、この断層帯についてのより高精度な強震動予測モデルの構築を図ることを目標とする。具体的には、以下の6つのサブテーマを設定して、調査観測を進めるものとする。なお本報告書では国土地理院が実施しているGPS観測、干渉SAR解析も、本重点的調査観測のサブテーマと位置づけて、あわせて掲載している。

○サブテーマ1: 断層帯の地下構造解明のための反射法地震探査および重力探査
 諏訪湖付近に想定されるセグメント境界の深部形状を解明するために、長測線の反射法地震探査を実施するとともに、このセグメント境界の浅部構造を把握するために浅層反射法探査を数測線で実施する。このほか、既往データに乏しい糸魚川−静岡構造線断層帯南部の深部形状と北端部付近の構造とを解明することを目的とする反射法地震探査を実施する。さらに、本調査観測では、過去に大学・電力中央研究所等で取得されたデータを再吟味し、本計画で得られた結果と合わせて総合的に解析・解釈を実施する。
 尚、本計画では、反射法地震探査測線上で重力測定を行うとともに、深部をターゲットとする探査では反射法探査測線を延長して受振点を設置し屈折法データの取得を同時に行い、信頼性の高い構造モデルを求める。

○サブテーマ2: 断層周辺の不均質構造を解明するための電磁気探査
 糸魚川−静岡構造線断層帯について、これまで構造が明らかになっていない、南部セグメントの南端である甲府盆地西縁および、南部・北部セグメント境界付近の諏訪湖周辺を対象とした電磁気探査を実施し、断層周辺の不均質構造を深度20km程度まで解明する。

○サブテーマ3: 断層帯周辺における自然地震観測
 断層帯周辺において長期機動観測と稠密アレー観測を実施する。
 長期機動観測では、断層帯周辺に既存地震観測網を補完するように観測点を設置し、比較的長期間(10年間)の観測を実施する。定常的観測網データと合わせることによって、この断層帯を取り囲むやや広域的な地震活動を明らかにする。具体的には、パイロット的な重点的調査観測で整備した5観測点(長野四賀、長野松本、中山穂高、安曇、信濃新町)での観測の継続と15観測点の新設を行う。既存の5観測点については、データ転送コストの削減とデータ処理の利便性向上のために既設観測点のA/D変換および通信にかかる機器を変更し、データ転送を高感度地震観測網(Hi−net)のIP−VPNの簡易版によるものに移行する。新設する15観測点については、地震活動度や現状の観測点分布を勘案し設置場所の策定を行う。この新設観測点については、地表の付近の人工ノイズを低減することを目的として深度約20〜50m程度の観測井を掘削し、その孔底に高感度の1Hz速度計を設置する。従来の観測データとあわせて観測データの流通を行うと共に、即時的処理システムの整備を行い、震源パラメータ決定について観測波形の直接処理等を行い、その高度化を計る。
 稠密アレーは反射法探査域等で実施し、断層近傍の微小地震活動の実態を明らかにするとともに、地殻深部の不均質構造を解明する。更にこれらのデータから、P波初動の押し引きのみでは一意に解を決められないような極微小地震までを含めたメカニズム解を決定し、断層帯に作用する応力状態を推定する。

○サブテーマ4: 地震時断層挙動(活動区間・変位量分布)の予測精度向上に向けた変動地形調査
 活断層全域において、航空写真測量とLiDAR(レーザレーダー)計測により地表の詳細な高精度DEMを作成し、変位地形に現れた断層運動による累積的な変位量を高密度で計測することによって、地形学的手法により平均変位速度(slip rate)分布を明らかにする。これにより地震時の変位量やアスペリティーの分布予測精度を高める。同時に、これまで植生に被われ断層変位が明瞭でなかった箇所の精査を行うことにより、活動区間推定精度を向上させ、断層運動の履歴をより詳細に明らかにする。

○サブテーマ5: より詳しい地震活動履歴解明のための地質学および史料地震学的調査
 地震活動履歴に関するデータがまだ十分得られていない断層帯北部を中心に、トレンチ調査、ボーリング等の地質学的研究と未発見地震史料の収集等の史料地震学的調査を行う。これらの調査観測結果に基づき、地震活動履歴を重視した断層帯のセグメンテーションを行い、各セグメントから発生する地震の規模と時期、および隣接区間との連動性に関する検討を行う。更に、本研究の成果と他のサブテーマの成果を統合することにより、地震発生の確率評価と強震動予測のための地震シナリオを高度化することを目指す。

○サブテーマ6: 強震動評価高精度化のための強震観測・地下構造調査
 パイロット的な重点的調査観測で実施した反射法測線上でボーリング・速度検層を行い、ボーリング孔底・地表に強震計を設置して強震観測を実施する。その結果や他サブテーマによる断層形状や変位速度等の情報から、微視的断層パラメータ等を含んだ高精度の震源モデルを構築する。松本・諏訪盆地地域と長野盆地地域において、堆積層構造や基盤構造を対象とした地下構造調査を実施する。併せて過去の各種構造探査結果のコンパイル等を行って、両地域の高精度の地下構造モデルを構築する。これらの成果を総合し、強震動評価の高精度化を図る。

○サブテーマ7: GPS観測による詳細地殻変動分布の解明
 糸魚川−静岡構造線断層帯の周辺においてGPSの稠密なキャンペーン観測を繰り返し実施し、周囲のGPS連続観測点のデータと合わせて解析することにより当該地域における地殻変動の詳細な分布の解明とモデル化を行なうと共に、断層帯周辺における応力蓄積過程を検討するための基礎データを提供する。

○サブテーマ8: 干渉SARによる構造線断層帯周辺の地殻変動検出
 GPSによる地殻変動観測を空間的に補完し、糸魚川−静岡構造線断層帯周辺の地殻変動の面的分布を明らかにするため、干渉SAR解析を行う。得られた地殻変動から断層帯周辺の詳細な状況を把握する。
 また変動量が小さいと予想されるため、干渉SARによる微小な地殻変動の検出技術の向上を目指し、活断層周辺域の地殻変動観測手法の確立に資する。


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