大学4年生が卒業研究を始めるシーズンになりました。文学部社会学科4年生の大地くんは、地震学や火山学の研究で有名な新堂研究室の扉を叩きました。やさしい新堂教授、厳しいレイ助教と共に、どんな研究生活を送っていくのでしょうか。
こんにちは。社会学専攻の海野大地です。卒業研究ではお世話になります。
やあ。ようこそ新堂研究室へ。これから君のお世話をするレイ先生だ。
さっそく今日から始めていいのかしら?
最近の地震って、地震が起きなかったら聞くことがなかった場所ばかりで・・・ソロモン、バヌアツ、サンタクルズ、ハイチ、バハカリフォルニア、さすがにチリとインドネシアは知っていますけど。これらの地域では昔から地震は起きていたのですか?
もちろんです。
え? あたりまえ? 地震が起きる場所は決まっているということですか?
まずは地震が地球上のどこで起きているのか調べてご覧なさい。
さっさと部屋を出て行ってしまったレイ先生。忙しそうな人だ。途方にくれた大地くんは、研究室ウォッチングを始めた。たくさんのコンピュータには波形が刻々と記録されていく。床に並ぶのは観測装置だろうか。壁には何枚ものポスターが貼られている。難しい数式があるかと思えば地層を引き伸ばした大きな写真があったり、地球の断面図が描かれていたり。あ、世界地図。ただの世界地図じゃない、赤や緑や青の点がたくさん打ってある。これは何だろう?
「世界の震源分布」だ。これはすごい。日本は震源を示す点に埋めつくされて見えなくなっている(
図1)。日本から北へアリューシャン、アラスカ、カリフォルニア、中央アメリカ、南アメリカ。そこからは西へ太平洋に点々と震源があって、ニュージーランド、サモア、サンタクルズ、バヌアツ、ジャワ、スマトラ、北に上がって、フィリピン、グアムやサイパンも震源に埋めつくされている。これで太平洋をぐるっと囲って日本に戻ってきた。この30 年間のマグニチュード5 以上の地震の震源分布。地震は地球上の決まったところでしか起きていないんだ。世界震源地図の震源を指でなぞる。太平洋を囲むぐるりも、インド洋を横断するぐるりも、大西洋を縦断するぐるりもあって、地球表面はまるで震源分布で切り分けられたジグソーパズルだ。
「プレートという言葉を聞いたことはあるでしょう。」振り返ると、たくさんの教科書を抱えてレイ先生が立っていた。
はい。プレートテクトニクスでしたっけ?
そう。プレートは「一枚の平らな板」、テクトニクスはギリシャ語で「大工さん」を意味するテクトンが語源で、転じて「建物などの構造を考えること」。つまりプレートテクトニクスとは、平らな板で地球の表面近くの構造を考えること。
地球表面は十数枚のプレートで 覆われています。日本の周辺には、太平洋プレートとフィリピン海プレートがあるのでしたっけ・・・?
そう、それらは海のプレートです。日本列島が乗っている陸のプレートは、西日本がユーラシアプレート、北日本がオホーツクプレートと呼ばれていますが、オホーツクプレートは北米プレートの一部だという説もあります。プレートの境界があいまいなものは他にもいくつかあるので、プレートの総数を正確に数えることはあまりされていません。でも一つひとつのプレートには名前がついているのよ(
図2)。
へぇ。ジグソーパズルのひとつのピースがプレートというわけだ。実際の地球は球だからゆで卵の殻にひびが入っているような状態か。そしてそのひび割れの部分、つまりプレート境界で地震が起きる、というわけか。地震は地球上の起きるべきところでしか起きていないんですね。
世界震源地図では震源を示す○の大きさはマグニチュードの大きさを示していますが、色は何を示しているかわかる?
震源の深さですね。へぇ、地震が起きる場所は地球上で決まっている上に、深い地震はその中のさらに一部の地域でしか起きていないんだ。日本、南米、フィジー、インドネシア。・・・そうか! 日本の断面図を見る機会はよくありますから、深い地震がどうやって起きているのか想像できます!
大地くんは日本の下へ沈み込む太平洋プレートの絵をホワイトボードに描いてみせた。プレートは沈み込む先々で地震を起こしている。つまり、プレートが沈み込んでいる地域では深い地震が起きる、というわけだ。「じゃあ浅い地震はどこで起きているのかしら?」レイ先生の問いに、今度は太平洋プレートの反対端に続きを描いた。プレートが生まれるところは海の底で嶺のように連なっているんだ。ここでは浅い地震が起きる。それから、プレート同士がすれ違うところ。たとえば嶺と嶺とをつなぐ部分ではプレートが互いにすれ違っていく。ここも浅い地震しか起きない(
図3)。
プレートテクトニクスの入門はOK というわけね。今日はここまでをまとめて新堂教授にご報告なさい。
そう言ってレイ先生は大地くんの机に案内してくれた。「足りないようなら言ってちょうだい。」レイ先生は教科書を机に置くと部屋を出て行った。自分の机とコンピュータ。積み上がった地球科学の本。今日から新堂研究室でがんばろう。
出来上がったレポートを持って、新堂教授の部屋をノックした。教授のコンピュータのモニターには地震波形がいっぱいだ。レポートを提出すると、新堂教授は、うんうん、いいね、などと言って丁寧に目を通してくれている。レイ先生と違って優しそうだ。新堂教授がふと顔をあげた。
しかしプレートの境界だから地震が起きているのかね? 地震が起きているからプレートの境界だとわかった、というのが実情なのではないかね? とすると、なぜプレートの境界では地震が起きるのだろう?
それは、地球表面を覆う十数枚のプレートはみな好き勝手な方向に動いていて、境界でぶつかり合うからです。平らな岩の板であるプレートがぶつかり合うところでは大きな力がかかります。この力で地震が起きているのです。さっき教科書で読みました。
うんうん、いいね。しかし一枚の平らな板と言ったって大きいものでは10,000km にも及ぶ。広い太平洋の底となっている大きなプレート、途中でちぎれずに一体どうやってひとつの塊となって動いているんだろうねぇ。
・・・。
これは難しかったね。単純だが難しい問題だ。いや単純な問題が一番難しい。実は海洋プレートの底に仕掛けがあったんだ。そこでは地震波の速度が急激に減少していて、高温で部分的に溶けたマントルが存在していると言われている。プレートはそこをするすると滑っていたんだ。どうだい、こう聞くと当たり前のようだろう? しかしそれを観測で確かめ、さらにそれを支持する岩石学的なモデルが検証できたのは、プレートテクトニクスが提唱されてから実に半世紀もたった2009年だよ。日本人を中心としたグループによる大発見だ。このようにね、聞いてみれば当たり前、という成果を出すのは思いのほか難しい。本質を見つける、ということにほかならないわけだからね。これこそがまさに、自然科学が長い歴史の中でなしてきたことだよ。
新堂教授はうれしそうに論文を持ってきた。地震波速度? マントル? 岩石学的モデル? 僕にはチンプンカンプンだ。だけど分かったことがひとつ、地震学と一口に言っても、海や陸での観測、岩石実験、そして理論などのさまざまな分野があるんだ。僕には何が一番の得意分野になるんだろう。これから何でも一生懸命勉強するぞ。