高度経済成長期の人口増加と都市集中を背景として、日本の国土利用の形は大きく変わり災害リスクの高い地域にまで市街化・宅地化が進みました。
この時期に重なる1960年代から、活断層研究は地形学・地質学などの領域で本格化し、1980年代以降は全国的な活断層の分布とその特徴が明らかになりつつあります。しかし残念ながら、1995年1月の阪神・淡路大震災を経験するまで、活断層の存在に配慮したまちづくりが一般の人たち、さらには都市計画や地域防災の専門家の間でも共通の話題とはなっていませんでした。
逆に一部の公共・公益施設のなかには、短期的な採算性や立地選定の容易さなどから、活断層の存在とは無関係に、あるいは活断層の近傍でも建設されてしまう傾向も見られました。
一方で阪神・淡路大震災の発生は、活断層に関する調査研究体制の再編を生み、国としての一元的な調査が地震本部によって行われ、情報の幅と精度は格段に高まっています。また、専門家でなくてもインターネット等を通じて情報を入手できる環境が整ってきました。現在の課題は、充実してきた活断層情報を、自治体による都市計画や土地利用計画、地域住民によるまちづくりにどのように反映できるのかという点に移っています。
内陸活断層を考慮したまちづくりを考える場合、課題は以下の2つに大別できます。
第1に、市街地直下に活断層がある場合、断層に近いことによる強震動の被害を考えなければなりません。地震規模が相対的に小さかったとしても、極めて強い揺れが空間的に集中して観察されるという課題です。この点については、多くの都道府県が地域防災計画を策定する際に、内陸活断層による災害シナリオを含めるようになってきており、強震動に対する一定程度の考慮が実現しています。その際には、建物倒壊による道路閉塞や類焼による火災拡大などの外部性の問題も考慮した上で、建物の耐震性向上が中心的な課題となり、地震本部による「震源断層を特定した地震動予測地図」の活用が可能です。
他方、断層破断(表層地盤のずれ)による建物やライフラインの被害については、揺れによる物的・人的被害想定程には検討が進んでいません。多くの地域防災計画では断層破断の影響は直接的には加味されていないのが現実で、量的な被害想定のための標準的方法も確立していません。そこでここでの論点は、地震本部による長期評価で断層破断の発生確率が高く、その被害の蓋然性が強い地域(断層トレースの近傍)に対して、何らかの特別な配慮が必要になるのかという点です。これに関しては、カリフォルニア州活断層法やニュージーランドの活断層指針(
図1)は、このような条件にある地域をゾーン指定して建築活動に対する一定の考慮を行うという立場に立っています。ただし、ニュージーランドの活断層指針では、カリフォルニアのように規制ルールが事前確定的なゾーニングではなく、より協議・調整的な資源同意(Resource Consent)という制度を通じて、活断層の特性(活動度、位置の明瞭さなど)や建物の用途や構造、現場の市街化の動向に柔軟に対応することを目指しています。当然日本とは国の人口規模や土地利用の現状、さらには都市計画や危機管理の法制度に違いがあることを前提としつつも、ニュージーランドの試みは大いに参考にすべきです。1990年代以降、ニュージーランドでは様々な制度改革・法改正が進む中で、自治体の総合計画の下で土地利用計画と危機管理対策(地域防災)の連携を強めようとする動きも進みつつあります(
図2)。
翻って日本の状況に理解するため、筆者らは2005年10月〜12月にかけて、地震本部が指定した主要98断層帯にかかる485市町村を対象にアンケート調査を実施し、該当市町村の防災担当者(有効回答254票、有効回答率52.4%)と都市計画担当者(同216票、44.5%)からの回答を得ました。残念ながら、地震本部による調査研究成果が様々な形で公表された後でも、それらの情報を具体の行政施策に反映させている自治体はごく僅かで、特に都市計画部局における実務・計画段階での利用は皆無に近い状況です。例えば、都市計画マスタープランを策定済みの153市町村において、「地震本部の活断層調査結果を市町村マスタープランに位置づける予定はない(78市町村)」、「都市計画とは関係がない内容である(12)」、「政府の調査結果を知らない(13)」という回答構成で、過半の自治体で活断層情報は都市計画マスタープランとは無縁の存在になってしまっています(
表1)。さらに、区域区分(線引き)、用途地域指定(色塗り)、開発許可制度の運用、建築許可制度の運用といった実務段階においても、活断層情報の「活用・配慮の予定はない」とする市町村が約8割(開発許可制度では約6割)に上っています(
表2)。
次に防災部局において、被害想定の結果を「一般には公開していない」とする自治体も3割程度あります(
図3)。
さらに、防災マップ自体の作成・公表は一般化してきたものの、避難所・避難経路等の掲載が中心で、98主要断層にかかるにもかかわらず「活断層線(帯)を記載済みあるいは記載予定」としているのは、防災マップ作成自治体の3割に満たない現状です(
表3)。
防災のために活用することが出来る土地利用計画手法には、情報公開や補助金のようなソフト対策から建設禁止や建物撤去まで、規制力や誘導力の強弱が異なる多様な方法があります。以下では、情報提供(ハザードマップ)、土地利用規制、施設立地計画・配置計画、構造物の設計指針、財政補助、保険の6領域について国内での先行事例を参照しながら、活断層を考慮したまちづくりの課題を整理してみたいと思います。
(1)情報提供(ハザードマップ)
地域が直面している潜在的な災害の様相や、災害に対する脆弱性の地域特性をあらかじめ理解しておくことは、減災対策の検討や実施に不可欠な基礎条件です。活断層についていえば、その存在や活動度を知っておくだけでなく、当該断層が活動した場合の災害イメージを具体的かつ空間的に掴んでおくことが重要で、そのためには、全国的に整備されてきた活断層情報を、それぞれの地域に固有の社会・経済状況とともに分かりやすく伝える地図化のプロセスが大切になります。
都市圏レベルでは、都市計画マスタープランと活断層情報を重ね合わせ、都市構造の将来像(市街化の促進/抑制/撤退、人口や産業の配置)が災害リスクの空間分布と整合的であることが必要です。次に、地区レベルでは、1/1万以上の大縮尺の地図に、断層線(帯)を含む活断層・地盤情報と、都市計画や地域防災上の施策メニューを重ね合わせて表現できるような形態が望ましいといえます。
とりわけ地域住民にとって必要なのは、居住地選択や住宅建設等の場面で、適切な意思決定に資する情報を入手でき、その理解を促進するような解説がなされていることです。例えば、活断層の今後30年の地震発生確率は、可能性が高いもので3%以上、最大でも数%です。このような数値は、一般的感覚では無視しうる低確率と見なされる恐れがありますが、他の自然災害や事故・病気・犯罪等の被害確率と比較することで、感覚のずれを調整しようという情報発信を地震本部は行ってきました。また、町内会等の生活空間での共助をコミュニティ防災計画として纏めていくためには、現場の状況(活断層からの距離、ミクロな地盤条件、市街化の歴史的経緯、住民構成等)を踏まえた災害イメージと地域の防災上の課題の共有が大切です
(例えば、宮城県沖地震対策研究協議会・地域防災力評価システム
http://www.meqdprc.archi.tohoku.ac.jp/NetSS/hyoka/confirm.html では、任意の領域に対する被害想定の集計と町内会の災害対応力チェックリストが利用できます)。
(2)土地利用規制(防災まちづくり)
将来被災する可能性が高い地域には住まない、施設を建てないというのが究極の被害抑止策ですが、規制を正当化できる条件を整理しておく必要があ
ります。例えば、活断層情報には不完全性・不確実性が残っていること、活断層情報を知らずに、立地場所を選択していた住民や施設設置者にとっては、
リスクを認知できたとしても住み替えや移転を行うことは簡単ではないことなどが考えられ、市場の失敗に繋がる恐れが高くなります。さらに、類焼や道路閉塞、危機管理機能の喪失など市場メカニズムを介さない外部不経済の問題も考えられます。
他方、規制導入・運用への躊躇あるいはその逆の過度な介入、規制手段の選択ミスといった政府の失敗の可能性も考慮しておかなければならず、中央政府が一括してメニューを定めるような画一的方式ではなく、分権的政策決定と現場での住民参加や合意形成の場が大切になります。また西宮市のように、より詳しい地質調査を断層近傍での開発時に求めれば、情報精度の向上を開発者負担で進めることが出来ます。
さらに、活断層に関する土地利用規制がもたらすかもしれない地価下落や高リスク地域のスラム化の懸念にも応えられる対応を考えておかなければなりません。
(3)施設立地計画・配置計画
学校や集会施設など多くの人たちが不可避的に利用せざるを得ない施設、あるいは被災後の避難所に指定されている施設、災害発生後の指令本部になる施設(市役所・警察・消防等)、病院や福祉施設などの発災後も機能維持やサービス提供の継続が求められる施設は、強震動や断層破断による被害から特に守られていなければなりません。
それらの施設計画において、活断層近傍を避けるような立地選択が可能であれば、そのような立地計画・配置計画を進めるべきで、活断層近傍/直上に立地させてしまった際の被害の大きさ(利用者に対する直接的な人的被害、機能停止による間接的な被害、復旧・復興の遅延など)を総合的に勘案しておく必要があります。既設の施設についても、耐震補強の費用対効果も考慮しながら、被害が限界的水準を超える場合には、施設の利用中止や移転も検討すべきでしょう。横須賀市のように、開発者サイドが自主的対応(セットバック等)を行った場合、当該地区計画の都市計画決定によりその効力を担保することができます。
(4)構造物の設計指針
今のところ原子力発電所等の特別な施設を除いて、活断層の存在を明示的に考慮した設計基準は存在していません。現行制度では、建物に必要な設計耐力は対象地域、敷地の地盤条件、建物の重要度に応じて決められますが、地域的条件は、地震地域係数に反映されています。過去の地震記録などに応じて国土交通大臣が1.0〜0.7の範囲内で定めますが、静岡県では東海地震等に配慮して、県が独自に定めた構造設計指針によって全県で1.2(公共建物は1.5)を採用するよう指導・誘導しています。さらに、活断層の存在と地震地域係数とを連動させた福岡市条例(2008年10月1日施行)があります。
警固断層帯南東部に近い一定の区域において、新築される中高層建築物を対象に、条例で地域地震係数の割増など余裕度を高めた設計への指導が始まっています。
(5)財政補助/負担(補助金、税の減免)
「個別建て替え、耐震化、住み替え行動等を、何らかの方法で誘導できるか?」という点では、(1)の情報提供の他に、経済的インセンティブを利用して防災性向上の促進あるいは防災性低下の回避を促すための補助金や税も考えられます。今のところ活断層情報と直接にはリンクしていないものの、耐震性能の低い建物について耐震診断や耐震補強の費用の一部を補助することで、建物群の耐震性の向上を図ることが多くの自治体で制度化されています。
2006年施行の改正耐震改修促進法による耐震改修促進計画の策定は進みつつあるものの、最も先進的な静岡県地震対策アクションプログラム「TOUKAI -0」プロジェクトにおいても、これら支援策の利用率はあまり高くはありません。税の減免でも活断層を直接意識したものではありませんが、住宅耐震改修に対する国の減免への上乗せを行っている大和市等の事例もあります。逆に、災害リスクの高い地域での居住継続の条件として、リスク軽減策(防災公園の整備やインフラ耐震化など)の費用負担を求め、場合によっては住民の転出促進を進めるという方策も可能性としては考えられます。
(6)保険
被災後の経済的な損失を補う保険制度である地震保険は、地震等を原因とする火災・損壊等による損害を補償する地震災害専用の保険です。その保険料は、建築構造(木造/非木造)、等地別(4等地)により算定され、建築年、耐震等級、免震建築物、耐震診断による割引がありますが、1〜4等地の区分は都道府県単位に設定されており、地区レベルでの活断層情報は考慮されていません。保険料の差別化で耐震化の促進や低リスク地域への住み替えを促すことも出来ますが、情報の非対称性に起因する逆選択やモラルハザードを抑止するようなメカニズムを同時に組み込むことが必要となります。あるいは一定の条件下で、高リスク地域を保険契約の加入対象から外すという措置も考えることはできます。
ニュージーランド環境管理法からの示唆として、まず、市・郡レベルの地方自治体が防災や都市計画の決定権限を有し、かつ(総合計画と連動した法定)都市計画制度のなかで、ハザード情報の利用方法と計画プランナーの役割が明確化されていることが挙げられます。その結果、地域の実情にあった規制強度や誘導方策の採用が可能な枠組みとなっています。長期的には日本の都市計画・建築基準に関わる法体系(メニュー方式や決定主体等)の再整理も視野に入れた検討が必要でしょう。
次に重要なのは、活断層対策にむけた発議から、(特定地域での先行事例の存在も踏まえ)政策立案、実施、評価、見直しという明瞭な政策プロセスを辿って、これらの法制度が発展してきていることです。日本でも、地震本部の総合基本施策の改定、横須賀市等の土地利用基本計画の改定において、実施後の評価結果を改訂作業に活かすPDCA サイクルが採用されたように、試行的な防災型土地利用規制(計画)を実施した後の評価がきわめて大切なステップを構成するはずです。しかし、先行者である横須賀市や西宮市が孤軍奮闘しているような状況を変えるためには、全国展開を視野に入れた制度改正の叩き台として、ニュージーランド政府が試案としての活断層指針を示したような試みの意義は大きいといえます。