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九州・パラオ海嶺

地震本部ニュース2013年8月号の6~7ページに、東海・東南海・南海地震の連動性評価研究プロジェクトの紹介があります。その中に、地殻構造調査結果の一例として九州・パラオ海嶺の構造のイメージング図が載っています。この調査観測で海嶺の東西で地殻構造が異なっていることがわかりました。では、「九州・パラオ海嶺」はなぜ東西で構造が異なっているのでしょうか、またどんな成因でいつ頃できたと考えられているのでしょうか?

それを知るためには、九州・パラオ海嶺が載っているフィリピン海プレートの歴史を知る必要があります。図に海水を取り除いたフィリピン海プレートの海底地形を示しています。また、白点線はフィリピン海プレートの境界を表しています。この中で九州・パラオ海嶺はほぼ南北に延びる全長約3000kmにもわたる長い海底の山脈(海嶺)であることがわかります。日本最南端の島である沖ノ鳥島もこの海嶺の一部です。

海底の岩石や地磁気異常などから、フィリピン海プレートの形成年代が調べられています。それによると、約3000万年前には九州・パラオ海嶺と伊豆・小笠原・マリアナ島弧が一体であったことがわかっています。伊豆・小笠原・マリアナ島弧は、日本列島と同様に東から太平洋プレートが下に沈み込むことにより形成された弧状列島(島弧)です。今でも伊豆諸島を始め、地震や火山活動が活発な地域がたくさんあります。その後、伊豆・小笠原・マリアナ島弧内にプレートのわき出し口ができ、島弧が東西に引き裂かれ、その間に海洋底が広がり四国海盆や南のパレスベラ海盆が形成されました。約1500万年前に四国海盆の拡大は止まり、西端部に九州・パラオ海嶺が地震や火山活動がほとんどない古島弧として残りました。一方、九州・パラオ海嶺より西の、西フィリピン海盆はもっと古い岩石(3000~5000万年前)からできており、海嶺の両側で海底のできた年代が大きく違っています。このため、プレート内の構造も大きく異なっているのです。

地震学の知見から、地震の破壊が始まる点や終わる点は構造境界にあたることが多いことがわかっています。以上見てきたように九州・パラオ海嶺を境界に構造が異なっていることなどより、「南海トラフの地震活動の長期評価(第二版)」では、海嶺が南海トラフで起きる最大クラスの地震の西端になる可能性があると評価されました。

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