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  3. 「長周期地震動予測地図」2009年試作版の公表について

(広報誌「地震本部ニュース」平成21年(2009年)11月号)



 地震調査研究推進本部は、7月に公表した「全国地震動予測地図」に引き続き、「長周期地震動予測地図」2009年試作版を公表しました。長周期地震動は、高層ビル・石油タンク(内部の液体)・長大橋など、長い周期で揺れる構造物に大きな影響を与えます。今回公表した地図では、ある特定の地震のみを対象としていること、日本全国をカバーできていないことなどから、試作版という位置づけで公表しましたが、今後、技術的な検討はもとより、予測結果を有効に社会に活かしていくため、その提示のあり方などについても防災関係者や研究者の間で広く議論を行い、その検討を踏まえて長周期地震動予測地図の作成を進めていきたいと考えています。



 通常、私たちが体で感じる地震の揺れは、「コトコト」「ユサユサ」といった周期の短い地震動です。しかし、地震動の中には、揺れの繰り返し時間(周期)が数秒になるような、ゆっくりとした揺れが含まれることがあります。このゆっくりとした揺れが長周期地震動で、この揺れにより、大きな被害がもたらされることがあります。平成15年9月26日に十勝沖で発生した地震(マグニチュード(M)8.0)では、震央から約250km離れた苫小牧市内で石油タンク火災が発生しましたが、長周期地震動がその原因のひとつであると考えられています(図1)。この地震以降、地震動による被害を考える上で、長周期地震動が主要な課題のひとつとして注目されるようになりましたが、歴史的には、既に1968年十勝沖地震(M7.9)の際に長周期地震動が確認されており、遡って1964年新潟地震(M7.5)の際にも発生していたと考えられています。世界的にも、1985年のミチョアカン地震(メキシコ地震、M8.1)により、震源から約400km離れたメキシコシティーに長周期地震動による甚大な被害がもたらされ、広く知られるようになりました。


 長周期地震動を正確に予測するには、対象地震の精度の高い震源モデルと、地震波が伝わる領域の、精度の高い三次元地下構造モデルの構築が必要不可欠となります。今回の予測では、1978年に発生した宮城県沖地震の震源モデル、1944年に発生した東南海地震の震源モデルを作成し、長周期地震動予測地図を作成するとともに、構築した地下構造モデルと計算手法の妥当性の検証を行いました。さらに、東南海地震によって検証した地下構造モデルを用いて、東南海地震の東隣に震源域が想定されている想定東海地震の長周期地震動予測地図を作成しました。その際、想定東海地震については過去のイベント(地震)の震源モデルが得られていませんので、震源モデルを新たに作成した上で、地震動を予測しています。
今回の予測では、宮城県沖地震が更に沖合の震源域と連動した場合や、想定東海地震と東南海地震が連動して、より広い領域が一度に破壊した場合などを対象としていません。また、今回の予測では、関東平野や濃尾平野、大阪平野、仙台平野といった主要な平野における長周期地震動予測に重きをおき、地図の計算範囲を限定しています。
以上のことから、今回の予測を、今後いろいろな震源モデル群を含む、全国をカバーした、本格的な長周期地震動予測を行うための重要な第一ステップと位置づけ、長周期地震動予測地図の「試作版」として公表することとしました。
 引き続き2010年に、南海地震を対象とした長周期地震動予測地図を「2010年試作版」として公表する予定です。これらの長周期地震動予測地図の作成・公表は地震本部にとって初めての試みですが、その予測をさらに精緻化する必要があり、今回の検討を皮切りに、
新総合基本施策に沿って新たな知見を反映させつつ長周期地震動の調査研究を推進していく予定です。


 長周期地震動は、どのような特徴があるのでしょうか。地震動には、短い周期の波によるガタガタとした揺れと、繰り返し時間(周期)の長い揺れが同時に混ざっています。長周期地震動は後者の揺れを指します。一般に、震源域(地震動が発生する領域)が広いほど長周期地震動も大きくなる可能性があります。そして、長い周期の波は短い周期の波に比べて減衰しにくく、海の波のうねりのように、震源から遠くても、あまり弱くならずに伝わるという特徴があります。また、長い周期の波は深い地下構造の影響を受けやすい性質があります(図2)。特に、深い地下構造が凹状の形になっているところ(堆積盆地)では、その中に堆積した軟らかな地盤により揺れが増幅したり、表面波と呼ばれる地表に沿って伝わる波が発達したりして、揺れの継続時間が長くなってしまいます(図3)。
日本で最も大きな平野である関東平野では特に長い周期の地震動が大きくなる傾向があります。





 長周期地震動は、大きな地震が発生したときに大きくなると考えられています。今回は、想定東海地震、東南海地震、宮城県沖地震が発生したときの長周期地震動を予測したものです。従って、地図の性格としては、全国地震動予測地図の「震源断層を特定した地震動予測地図」の一種であるとも言えます。長周期地震動予測地図では、地震動の3つの特性である、揺れの強さ(振幅特性)、揺れの素早さ(周期特性)、揺れの続く長さ(経時特性)を読み取れるように表現していますので、主に揺れの強さ(振幅特性)の一指標である震度(とその確率情報)を中心にまとめられている全国地震動予測地図よりも、地震動の特性を更に多面的に表現していく試みを行っています。今回の試作版を出発点に、今後、そのような地震動の諸特性の表現方法についても検討していく予定です。


 周期の比較的短い建物や構造物(周期約1秒以下)は、通常、地面の揺れとほぼ同じような比較的短い周期で揺れます。しかし、高層建物や長大橋などの長周期構造物では、その時の地上での揺れよりも大きく長くなることがあります。地面の揺れや通常の建物・構造物の揺れと被害を表す代表的な指標として「震度」が良く用いられていますが、このような理由から、高層建物や長大橋などの長周期構造物の揺れを表すためには別の指標が必要になります。そこで、今回公表する長周期地震動予測地図では、「応答スペクトル」を用いて揺れを表しています。
 応答スペクトルとは、高層ビルやタワー、タンクの液面の揺れなどを、バネに繋がれた1つのおもりの動きに模擬して、揺れ幅や揺れがどのように弱まっていくかを算定しています。おもりを横に引き、手を離すと、ある周期で行ったり来たり揺れ動き、その揺れは次第に小さくなっていきます。例えば、手を離した後、おもりが5秒間に1回の周期で往復するように揺れ、揺れの大きさが1回毎に27%ずつ減少するような、おもりとばねを用意します(図4)。それを今回計算した地震動で揺らすと、振り子のようにおもりが揺れます。その揺れの最大の大きさ(最大振幅)を表したのが、応答スペクトルです。この場合は、固有周期5秒、減衰定数5%の応答スペクトルに当たります。今回の試作版では、おもりが揺れる速度の大きさ(速度の単位は[cm/s])で応答スペクトルを表現していますが、例えば、周期5秒、最大速度100cm/sのとき、揺れの幅(最大変位)は片側に約80cmとなります。




 図5は、いつ発生してもおかしくないと考えられている想定東海地震が仮に発生したときに、ある地点で、固有周期5秒、減衰定数5%の建物がどのくらい揺れるかを示したものです。この例では、断層面の西側の星印の点から破壊が開始した場合を計算しています。震源に近い地域ではもちろん大きな揺れが予測されますが、それ以外にも、関東平野や濃尾平野、大阪平野など、震源から遠く離れていても長周期地震動が大きくなる地域があることがわかります。また、周期10秒の応答スペクトルを図6に示します。周期による違いを見てみると、濃尾平野などでは特に周期5秒の揺れが大きいのですが、関東平野では周期10秒での揺れが大きくなっています。一般に、平野を形作る地下構造が大規模なほど、つまり、広いほど・深いほど、長い周期の地震動が長い時間続くことが知られており、日本で最も大規模な平野である関東平野では特に長い周期の地震動が大きくなることが多いようです。このように、長周期地震動には、その地域の地下構造の違いが大きく影響すると考えられます。
 一般に、震源域が広いほど長周期地震動も大きくなる可能性があります。
今回の試作版では、特定の地震を対象に揺れの予測を行っており、想定東海地震と東南海地震が連動してより広い領域が一度に破壊した場合などのケースは、含まれていないことに留意が必要です。また、例えば東北地方北部にもいくつかの平野があり、それらの地域でも長周期地震動が発生する可能性がありますので、今回の試作版にはそのような地域がまだ含まれていないことに留意が必要です。




 それでは、長周期地震動はどのようなところに影響するのでしょうか。まず、建物や構造物への影響から始めると、通常の木造家屋、中低層のビルやマンションには、長周期地震動は、一般に大きな影響を及ぼしません。これに対して高層ビルでは、それぞれのビルの固有周期が長周期地震動の卓越周期に一致するとき、非常に大きな影響を与えると考えられています。実験や解析によれば、一般的な鉄骨造ビルの場合、たとえば、30階建て高さ120m程度の高層ビルでは、3.0〜3.5秒程度、50階建て超高層ビルでは、5.0〜6.0秒程度の固有周期であると見積もられます。実際に新宿副都心にある50階程度の超高層ビルでは周期5秒前後となっています。
 それでは、大きな長周期地震動が発生すると、高層ビルの室内はどうなるでしょうか。E−ディフェンスと呼ばれる実験施設(兵庫県三木市にある独立行政法人防災科学技術研究所の実大三次元震動破壊実験施設)で、30階建ての建物の上層部5階を実物大で模して室内の状況を再現し、長周期地震動によりどうなるのかを検証した実験が行われています。この実験では、試験体の床は周期約3秒で約200秒間揺れ、その間の揺れの速度の最大値は約230cm/s、変位の最大値は約1.3mでした。
図7は集合住宅のキッチン内を模した部屋が長周期地震動で揺らされた後の様子を示しています。ここでは、家具を固定していない場合を再現して実験しています。キッチンでは、背の高い冷蔵庫や食器棚が転倒する可能性が非常に高く、またリビングでは、重いテレビが大きく移動してしまうことも実験で確認されています。



 地震本部としては、この2009年試作版で初めて長周期地震動の予測地図を公表することになりました。今回の試作版は、「全国地震動予測地図」の「震源断層を特定した地震動予測地図」などの経験を活用することにより作成されましたが、以下のような課題が残されています。
●海溝型地震の震源モデル作成に関しては、内陸地殻内地震(活断層等で発生する地震)に比べて、さらなる研究が必要な部分が残っています。
●地下構造のモデル化が行われた地域がまだ少なく、今後、全国1次地下構造モデルの構築に向けて検討を進める必要があります。
●工学的な利用の需要に応えられるよう、予測対象周期の下限を更に短くできるように工夫・改善して、周期2〜3秒程度以上の長周期地震動の予測を目指す必要があります。
 これらを踏まえて、長周期地震動予測地図に関し、次のようなロードマップを考えています。まず、マグニチュード8.4前後と非常に規模の大きな南海地震を対象とした長周期地震動予測地図の2010年試作版に向けて検討を進めます。それにより、上記2つ目の課題の何割かを解決することになり、その時点で暫定的な全国1次地下構造モデルを公表する予定です。
 引き続き、2010年度以降は、新総合基本施策(2009)に則り、長周期地震動予測地図の作成を本格的に推進する予定です。上記1つ目と3つ目の課題の解決を目指し、「防災・減災に向けた工学及び社会科学研究を促進するための橋渡し機能の強化」に向けて、予測地図の提示方法に関する調査研究を行っていきます。また、試作版で扱った想定東海地震、東南海地震、宮城県沖地震以外の主要な海溝型地震や、それぞれの海溝型地震や長大活断層が単独で活動する場合だけではなく、複数が同時に活動する(連動する)ことによって一層大きな長周期地震動を発生させるような場合、また、内陸の長大な活断層を対象とした長周期地震動の予測も試みたいと考えています。
  なお、今回公表した長周期地震動予測地図は地震本部のホームページ(http://www.jishin.go.jp)で見ることができます。

(広報誌「地震本部ニュース」平成21年(2009年)11月号)

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