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  1. 地震・津波の知識
  2. コラム
  3. 科学研究費補助金による緊急調査からわかったこと



 30年前に発生した1978年宮城県沖地震を契機として、宮城県では毎年6月12日を「県民防災の日」と定めて防災訓練などを実施しています。この2日後の6月14日08時43分に岩手県南部の深さ約8kmを震源とするマグニチュード(M)7.2の地震が発生し、岩手県と宮城県で最大震度6強を観測しました。この地震により死者15名、行方不明者8名(2009年6月14日時点)などの甚大な被害が生じました。東北地方奥羽脊梁山地のひずみ集中帯で発生した最大規模の地震でした。この地震の発生機構の解明を目的として交付された科学研究費補助金により、全国の大学・研究機関が共同で緊急観測を実施してきました。ここでは緊急余震観測とGPS観測による調査結果の一部を紹介します。


 本震発生直後から行った緊急余震観測で明らかとなった詳細な余震の震源分布と地震波速度分布を図1に示します。断面b〜elこ見える西傾斜の余震分布が本震の震源断層を示しています。断面d〜hでは東傾斜の余震分布も見えます。このような複雑な余震分布は、2004年新潟県中越地震 (M6.8)等でも見られており、地下の不均質構造を反映しています。震源断層の上盤側のP波速度は下盤側と比べて遅くなって いることから、今回の地震は、日本海拡大時の正断層が現在の応力場のもとで逆断層運動を起こした可能性が考えられます。
 深さ24kmの平面と南北断面に沿ったS波速度偏差(平均的な速度からのズレ)を図2に示します。余震域周辺ではS波速度が遅くなっています(図2-a) 。断面図では3本の低速度域がモホ面(地殻とマントルの境界面)から地表の活火山に向かって柱状にのびています(図2-b) 。また、余震域直下のモホ面近傍には顕著な低速度域が見えます。
 このような震源域直下の低速度域は、1962年宮城県北部地震(M6.5)、1995年兵庫県南部地震(M7.2)、2000年鳥取県西部地震(M7.2)、2003年宮城県北部地震(M6.4)、2004年新潟県中越地震(M6.8)、2007年能登半島地震(M6.9)、同新潟県中越沖地震(M6.8) でも見つかっています。低速度域の成因として地殻流体(地殻内部に存在する水やマグマ等)が指摘されており、内陸地震の発生機構に地殻流体が強く 関わっていると考えられます。




 地震波形、地表変状、GPS、干渉SARの解析から震源断層面上での地震時すべりは、震源(破壊の開始点)の南側浅部で大きいことがわかりました(図3) 。また、緊急GPS観測点や臨時GPS観測点のデータから、本震発生後の約2週間に顕著な余効すべり(断層が地震を起こすことなくゆっくりとすべる現象)が発生したことがわかりました。地震時すべりは本震震源の南側で最大7m程度、余効すべりは地震時すべりの東側(西傾斜の断層ですから、断層の浅部側)で最大40cm程度です。この観測により、地震時すべりと余効すべりは断層面上で棲み分けていることがわかりました。
 震源域北部のGPS観測点(図4-aの赤枠内)での地表変位の時間変化を図4-bに示します。今回の地震では、断層の上盤側は東向きに、下盤側は西向きに移動します。図から明らかなように、地震時には西側の2観測点(ISBDとHMYO)は東に大きく移動し、それより東側の4観測点(0796からMIZW)は西に移動しており、境界は図4-b上部の緑矩形付近です。一方、余効すべりは、西側の4観測点(ISBDからOWKY)ではわずかに東に、東側の2観測点(NTSTとMIZW)では西に移動しています。余効すべりの境界は出店(でたな)断層付近(図4-b上部の赤矩形)です。
出店断層の深部は、本震時には顕著なすべりは発生しませんでしたが、地震後に余効すべりで、ゆっくりとすべったと考えられます。




 緊急余震観測とGPS観測データに既存の観測データを加えるととにより、岩手・宮城内陸地震の発生機構に地殻流体が大きく関わっているととが明ら かになりました。今後は、さらに解析・調査を進めて、内陸地震の発生機構の解明に迫りたいと思います。最後になりますが、今回の地震の犠牲者・ 被害者の皆様に心よりお悔やみを申し上げます。

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