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  1. 地震・津波の提供情報
  2. コラム
  3. 「宇宙線ミュオン」を用いた地下構造イメージング

 地球上に生息するあらゆる生物は、宇宙から絶え間なく降り注ぐ宇宙線を、いつでもどこでも否応なく浴びています。つまり宇宙線に常時体を貫通されています。しかし、貫かれているという意識や知覚は全くありません。
 宇宙線は微量な放射線です。宇宙線には桁違いに高いエネルギーのものが含まれています。しかしその線量は少なく、エネルギーが高ければ高いほど急激に減っていきます。ところが最近になり、こんな微量放射線といえども、十分実用に供し得る測定精度が得られる天与の道具として役立つことが判ってきました。本稿では高エネルギー宇宙線を活用した地下構造のイメージングの現状と今後の展望についてご紹介いたします。

 「光」を意味するphotoと「かく(書く、描く)もの」あるいは「かかれたもの」を意味するgraphから名づけられたphotograph(写真)は物体で反射した光および物体が発した光を感光剤に焼き付けたのち、現像処理をして可視化したものです。また、目に見えないが特殊なことに物質を透過する能力を持っている光を1895年、レントゲン博士が初めて発見しました。これをX線あるいは「レントゲン」と呼び、このX線を使った写真が健診等で誰でも1度は撮影されたことがある「レントゲン写真」です。これらの写真は「光」を意味するphotoと粒子を意味する接尾語-onから名づけられたphoton(光子)を用いた可視化手法です。
 今、muon(ミュー粒子、ミュオン)を使った「レントゲン写真」が注目されつつあります。ミュオンを使った「レントゲン写真」(ミューオグラフィー)は、X線の代わりにミュオンを用いる放射線透過試験方法で、X線写真では検査が困難な大きな対象物を撮影できます。  ミュオンはどんな物質でも透過するわけではなく、厚い物や密度が高い物、原子番号が高い物(金属等)ほど透過しづらい性質を持っています。この性 質を利用して、ミュオンが透過してきたものを例えば「青」、透過しないところを「赤」で表現したものがミューオグラフィーです。また、高エネルギーのミュオンは透過力が強く、10キロメートル程度までの火山のレントゲン写真を撮ることができます。ところが、高エネルギーミュオンを人工的に作ることは難しい。どうすれば手に入るのでしょう?一次宇宙線の大部分を占める陽子は、地球の大気層を通過するとき、大気中の窒素・酸素原子核と衝突して様々な二次宇宙線に姿を変えて地上近くまで到達します(図1)。
ミュオンは二次宇宙線の一部です。
 1912年、オーストリアのV.F.Hessによって偶然に発見された宇宙線は、宇宙物理学の先端的研究の対象として、一次宇宙線(銀河宇宙線)の発生場所をはじめ、その加速・伝達の仕組み、地球に到達するまでの変動・変調などが幅広く調べられてきました。更には、地球大気へ突入後の各種二次宇宙線の発生と振舞いについては、人工加速器では絶対に到達できない超高エネルギーの粒子と物質との相互作用研究の題材となり、新素粒子の発見や未知なる 天体探査に大きく貢献してきました。
 これに対し、「宇宙線とくらし」との関わりについての応用学的研究はかなりスタートが遅れ、1955年、ミュオン強度の減衰を利用して岩石の平均 密度を求めたのがミューオグラフィーのさきがけともいえるでしょう。ミューオグラフィーは写真フィルムに相当する検出器(写真1)を置いた位置よりも高い領域全てに適用できるので、1960年代後半には同じ原理によるピラミッドの部屋探しが行われ、初めてミューオグラフィーへの本格的な道が 開かれました。2006年、ミュオン利用による火山体の透視が成功したことで、ミューオグラフィーが一挙に進展しました。2008年にはマグマが浅い場所で大量の火山ガスを放出している様子をその場で捉えることに世界で初めて成功しました(図2)。図中の青い部分がガスを大量に含んだマグマを示しています。
 火山噴火は、マグマの「かたさ」や噴火時のマグマ中のガスの量によって大きく変化します。例えばマグマがやわらかくガスが簡単に逃げてしまえば、ハワイ島の火山の噴火のように静かに溶岩流が流れ続けます。一方、マグマがかたく、ガスが逃げない場合には浅間山や桜島、ローマ時代のポンペイを埋めたことで有名なベズビオ火山噴火のような爆発的な噴火になります。しかし、マグマがかたくても何らかの理由でマグマが地表に出るまでにガスが失われてしまう場合には昭和新山の噴火のように、大きな爆発や溶岩流出はなく溶岩ドームが形成されます。これまで、火山の中のマグマの状態は表に出てきた物質の物理的、化学的性質を調べて推測することしか出来ませんでした。ミュオンを用いて火山の中のマグマの状態を直接調べられれば火山噴火のメカニズムの鍵を手にすることが出来、将来的には噴火予知にも役立つと考えられます。





 2006年、我が国が世界に先駆けて「見えないものの内部」を見ることに成功いたしました。その結果は世界で最も権威のある総合学術雑誌Natureでも大々的に報じられました。ミューオグラフィーでは大きな物体の密度の高低を可視化することが出来ます。この原理を応用して、検出器を地下などに設置して、活断層の位置特定に用いることが検討されています(図3)。このためには、検出器の①コンパクト化、②耐振性向上、③耐熱・耐水性向上、④ノイズ除去能力の向上、⑤ミュオンの検出能力の向上、⑥検出器の稼動安定性の向上が要求されます。これらの技術開発についてはアイディアを少しずつ煮詰めている段階ですが、近い将来必ず実用化されるものと考えています。
 また、この技術が確立すれば、断層すべり面の空隙率を直接測定できるようになるかもしれません。断層破砕物の空隙率がある値より大きくなるとせん断応力やせん断速度依存性が大幅に異なってくることが報告されています。
このような情報は地震の規模の推定に用いられるようになるかもしれません。ミューオグラフィーを活用する今後の実験研究では、火山、活断層など防災上重要な地下構造においてこれまでにない新しい基礎データの蓄積を積極的に進めていきます。


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